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『おとうと』


「バカボンのママか
吉永小百合が理想なんや」

サユリストを名乗るには余りにも若すぎる
友人は照れながらこう告白する。
意外だった。
急に思い立ってこの映画を観たくなった。

平成の世でもこんなにうつくしい日本語を話し、
こんな心がきれいなありさまで
居続けられるのか、というほどの聖女がここにいた。

『母べえ』から2年。世界中を泣かせた山田洋次が
まだ涙を絞り足らなかったのか
吉永小百合、笑福亭鶴瓶、蒼井優というキャストで
メガホンをとった床しい作品。

薬局の女あるじ吟子(吉永小百合)が
女手一つで育てた一人娘の小春(蒼井優)の挙式前夜から物語は始まる。
吟子は三人兄弟の真ん中。一番下の弟、鉄郎(笑福亭鶴瓶)は
吟子の夫の十三回忌で酒に酔って暴れて以来消息を絶っていた。
明日の式にはどうやら来られないらしい、と聞き安堵する親戚たち。
あにはからんや、披露宴当日に紋付袴で姿を現す招かれざる客、鉄郎。

姉と弟。
別人格、独立した存在でありながら、
自分と負けないくらい幸せでいてくれないと困る
やっかいな因縁。

鉄郎が名付け親である小春の目線で、吟子と鉄郎の
ふたつの人生が寄り添い、離れてゆく様子が綴られていく。

どうしょうもない男の権化、鉄郎が繰り返し発する
おねえちゃん、ということばの響き。
中年男がいくつになってもおねえちゃん、と億面もなく言い続ける。
かあちゃん、だと密接すぎる。
おねえちゃん、という呼びかけ独特の心もとない隔たり。
でも確実にそこにある、夕焼け色のまろやかな安寧。
このことばを鉄郎に執拗に繰り返させているのは、
山田監督のたくらみか、怪優鶴瓶のあざとさか。

ものがたりが終わりに近づくにつれ
「おねえちゃん」と呼ぶ、鉄郎のかすれ声に
救いようのない哀切が色濃く滲み
観る者の胸を締めつけていく。

吟子は
どんな局面に立たされても、苦悩しても
声を荒げない。
世界を、人を、変えようとはしない。
終始一貫して、世界を、人を全肯定して
腕を広げ、ひしと抱擁する。

今、変化が求められる
時代のまっただ中にいる。
それだけに、
大切な人を全肯定する吟子の強さ、
相手を信じるゆるぎなさが鮮烈に映る。
たおやかでいて
芯の強いこの役を自然に、清廉に演じきれる女優は
確かに吉永小百合を置いてほかにいない。

最後のほうに出てくるピンクのリボンの演出は、
ほんとうに小憎い。また、手の演技の
さじ加減が絶妙。
観る者は幼き日々や、
今は離れてしまった
家族を思い起こさせずにはいられなくなる。

外来映画の借りものなどではない、
日本人の喜怒哀楽を知悉した
山田洋次監督、あるいは脚本平松恵美子の
術策にあっけなく落ちているのが
わかっていても、身を委ねるしかない。

ほんとうは人は変革なんてしたくないのだと思う。
“Change”なんて、苦痛をともなうのに、
思考停止して走らされていないか。
アホでもカスでもええんよ、と
最後に黙って抱きとめてくれる場所を
切望していることを
無理に忘れなくてもいいのかもしれない

いったん立ち止まって、原点回帰してもいいのに。
そんな甘やかな情感に
溺れてしまわぬよう、日々自分を駆り立て続けることに
疲弊していないか。

冒頭の友人はそろそろ
疲れ過ぎているのではないかと、ふと心配になった。
































































































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by office_bluemoon | 2010-09-08 08:03 | Life is Cinema (映画)