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周辺の民(たみ)

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 気づいたら、ツイッターのアカウントも作っていた。
 六人のつぶやきを日々見て(=フォローして)いる。それ以外にも、
おすすめツイートが画面に現れる。それだけでも、日々、よくもまあみんな
いろいろなことを発信するものだなぁ、と感心してしまう。本当に反応したくなる、
印象に残るようなつぶやきにはそうそうないし、今自分が何をしていて
どこにいる、というのをこれほどまでにして知らせたい、知りたい衝動が
今のところ自分にはない。だから、自分からは最初の一回しかつぶやいていない。
 「ワタシヲサガサナイデ」、と。

 ツイッターに政治家たちが注目し始めたのは、日本では鳩山首相(当時)からだった。
そのきっかけのひとつは、いちはやくオバマ大統領も始めていて注目を集めていたこと。
そして、その有用性についてITメディアの識者たるとある広告マンが
リアルタイム実況(例:「今鳩山さんと恵比寿の縄のれんをくぐったなう(now=今)!」)に、
数百、数千、あるいは数万単位の人々がどう反応し、インタラクティブなコミュニケーションを
とれるかを実演してみせたこと、と聞いている。「マス(大量・大衆)メディア」では
浸透し得ない一対一のコミュニケーション、まつりごとの中央からは見えない、
民意を汲むツール、という売り言葉に飛び付いたらしい。

 その後、当の先駆者、オバマ大統領が訪中時の公式発言で
「私はツイッターを使ったことがない」と口をすべらせた。それでも、ツイッターの意義が
形骸化する様子はみられなかった。

 オバマ氏といえば、先日のAPEC訪日のときのこと。鎌倉にまた行きたい、と
言いだしたせいで、鄙びたわが街が超のつく厳戒態勢となった。さらに、米軍基地にも立ち寄る、という
知らせを受けるや、にわかに私服刑事が住民調査に来るわ、三日前から上空を
ハエのように軍用ヘリが飛ぶわ、パトカーの台数が一気に増えるわ、で、
大げさではなく戒厳令下のような様相を呈した。

 当日はまるで、映画のロケだった。私の住む三階建てマンションの屋上に
銃を持った警官が立った。家の前の桜並木にも、十メートルおきに警官と私服刑事が立った。
どうやらこの道を通るらしい。マンションも包囲された。居並んだ警官が沿道に背を向け、
住民側を向いて立っていた。部屋の中からそんな窓の外を見ると、不謹慎だけれど
アウンサンスーチー女史になった気分だった。
 「道路を封鎖します。これから三十分ほど、家の外に出ないでください」、と
長野県警のバッジをつけた警官に外出を留められた。
 日課にしている草野球の素振りをしようとしたお隣さんは、金属バットを手に持って
表に出たとたんに、警官に取り囲まれた。

 そして、大統領は本当にこの山道を通りすぎて行った。黒塗りのリムジンやら、
装甲車やら、軍用バンやらが三十台ほど連なる中で、ひときわ長いストレッチリムジンの窓から
オバマ氏が手を振っているのを、私はぼうっと歯磨きしながら、家のなかから眺めていた。
 ほどなくして、メタリックボディに打ちこまれたボルトまで見える至近距離から、
合衆国大統領を載せた軍用機が音を立てて飛び去って行った。

 数日経ってから、鎌倉の所感をオバマ氏がつぶやいているか、ふとチェックしてみた。
訪日中は何もつぶやいていなかった。やはり今もゴーストライターがいるのだろう。
日本には同行していなかったのだ。
 せめて「抹茶アイスなう」とか書いていたら、すごく親しみがわいたのに。
本人がツイートしていなければ、読んでもいないことをフォローして、
いったい何の意味があるのだろう。あらためて思った。そんな空虚なつながりなら、いらない、と。

 ゆかしい、こんな昔話を思いだした。
 丘の上に立ち、周辺の集落から立ち昇る煙を眺め、民の暮らしぶりを慮ったのは、
いにしえの天皇。
 電脳なツールや最新のテクノロジでどんなに頻繁に、メッセージが即時に行き交ったとしても、
伝えきれないぬくもりとまろやかな香りが、このエピソードには確かに残されているのに、と思った。
by office_bluemoon | 2010-11-26 01:01 | ほんの習作(掌編・エッセイ他)