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office bluemoon

ものがたりとは・虚構とは

私にとっての平時の営みは何か。
文字を読むこと。伝えること。
良書と人を繋げるすべての行為。

3月11日以降、気を取り直しつつ、
いつもやることをやろう、と
時にはろうそくの灯りを頼りに
読了した三冊。
天気予報のあとに『本日の放射能量』が連日ふつうに報道される
秩序崩壊の中の読書。

何の因果か、震災後のまるでフィクション仕立ての現実の中で
読むにはいずれもキツすぎる作品。

ページから目を離せば戻れるはずの
おだやかな生活そのものが、小説の中に劣らず、
混沌としているなんて。
こうなったら怖い、という想念が
現実からほんの数歩しか離れていないように思えるなんて。

人が小説を書こうとする意義とは。
物語に求める救いとは。翻訳の役割とは。
そんなことを、未曾有の非日常的事態が続く中で
自問自答し続けた。
いろいろな意味で、忘れられない読書体験。


***


『卵をめぐる祖父の戦争』 デイヴィッド・ベニオフ
翻訳ミステリー大賞最終ノミネート作。
これで晴れて候補作五作すべてを読了したことになるので、
せっかくいただいた投票権を行使できる。

ドイツ包囲下のレニングラード。物語の語り手の祖父
少年時代のレフが、処刑を免れるために示された唯一の手立て。
それは、大佐の娘の結婚式のために期日までに
卵を調達してくることだった。

陰々滅滅とした時代。陰惨な争い。人間の愚行。
にもかかわらず、爽やかな青春小説のような
読了感の残るのは、脇役も悪役も活き活きと描かれていることと、
主人公レフと脱走兵コーリャの軽妙な会話ゆえ。
(2010-B21-0318)

『チャイルド 44』 トム ロブ・スミス
スターリン体制下のソ連が舞台。
誰も信じられない、何一つ確かなもののない世界。
伴侶が真実を語っているかさえ、根底から問い直さなければいけない
苦境。不確かな中、次から次へと振りかかる策略。
不条理な世界の中で、正義と信じられるものは何か。

冒頭の突飛なエピソードで読者は煙に巻かれ、
それでもストーリーテリングの力強さにぐいぐいと
ひっぱられていく。
極寒の中での捜査、追跡の連続。臨場感のあまり読んでいて
肺が痛くなったほど。
(2010-B20-0309/0311)

『白の闇』 ジョゼ・サラマーゴ
ノーベル賞受賞のポルトガルの作家、マサラーゴの作品。
伊勢谷友介が主演した映画『ブラインドネス』の原作。
2008年ブラジル・カナダ・日本の合作とのこと。
だけど、怖くて怖くて映画を観る勇気が私にはない。

ある日突然、目が見えなくなる。そしてこの症状は感染する。
それがたちまちのうちに蔓延したら―。
そんなカフカ的設定で、もろくも失われていく社会秩序、
極限状態における人間の業が酷いほどに描かれている。

人と獣性を隔てるものは何か。
尊厳を保てる強さの源は何か。
最後まで人であろうとした「医師の妻」のように
自分は振舞えるか。

サラマーゴは神の視座にいる物語の語り手に、
哲学的なモノローグを語らせつつ、
登場人物たちが視力を失い、
あるものは人間性を放棄し、あるものは守ろうとする
せめぎあいをカメラアイが淡々と追っていく。
ここまでやるか、というほど物語は極限を目指す。

講談師によって合いの手が入るような、
奇妙な三人称を取り入れていても、翻訳が読みやすいので
混乱せずについていけた。
いや、怖くてもう読むのを
何度もやめたくなったのだけれど、救いが欲しくて、
書き手の馬力にひっぱられた感。

(2010-B22-0323)


























卵をめぐる祖父の戦争 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1838)

デイヴィッド・ベニオフ / 早川書房

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チャイルド44 上巻 (新潮文庫)

トム・ロブ スミス / 新潮社

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チャイルド44 下巻 (新潮文庫)

トム・ロブ スミス / 新潮社

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白の闇 新装版

ジョゼ・サラマーゴ / 日本放送出版協会

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by office_bluemoon | 2011-04-02 00:20 | こんなもの、読んだ(本・雑誌)