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My 棺桶 books as of 2014

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知り合ったばかりの友が問う。
「死ぬときに棺桶に入れてもらいたい本は?」
少し考えて、最初に浮かんだのは、
レイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』。
ペーパーバックを読み出すきっかけにこの本があったのは、
とても幸福なことだと今でも思うし、
高校生のときにこの本に出会ってなかったら、
今の自分はない、とまで言い切れる。

その後も折に触れ、考えた。
3週間くらいかけて残ったタイトルは
Paul Austerの『Moon Palace』と、
村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』。
『長いお別れ』と『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』には10代で出会い、
『Moon Palace』は確か40代の始まりに最初に英語で読んだ。

漠たる不安だらけだった多感な時期に、
チャンドラーや村上春樹に出会えたことは、素敵な事件だったと
胸を張って思える。
それからおそらく数千冊ではきかないほど本を読み、
見当もつかないほど多くの人と出会い、別れ、
価値観を打ち砕かれたり、信条の再構成を繰り返した。
それでも、この2冊はずっと手元にある。
40代で心震えたAuster にも、先の2冊にあるのと同じ低重奏音が響いている。
つまり、この3冊にはいくつか、共通点がある。

どの主人公も、要領の良い生き方とは対極にいる。
群れない代わりに、独りの時間の過ごし方を知っている。
突然起こる出来事に、ぼやきつつも
とめどなく何かを失い続けていくことを
半ばあきらめながら、受け入れていく。

何かに属することを好まない主人公は、
あわや、の目に幾度となく会いながらも生き延びていく。
ものがたりの終わり方は実にアンチクライマックス。
主人公たちはこれからも多くのものを失い続けていくのだろうけれど、
何とか折り合いをつけて生きるのだろうなぁ、という想像の余地を残す。

主人公が電話を待つだけの一日だとしても、
どんなに無為な一日だとしても、その孤高さにどうしようもなく惹かれる。
それがたとえば、よからぬ人物たちに部屋をめちゃくちゃに荒らされようが
(『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』)、
叔父が遺した本を読みつくそうと一文無しになるまで
引きこもっていようが(『Moon Palace』)、ひとり夜中にチェス盤に
向かっていようが(『ロンググッドバイ』)、それぞれのカットの孤独の
深さが真に迫って、鼻の奥がツン、とする。
あまりにも入り込んで読むので何度読んでも、
コーヒーの香りにくすぐられ(『ロンググッドバイ』)、
キュウリとハムのサンドイッチ(『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』に
生唾を飲み、叔父にもらったツイードジャケットのチクチクした風合い(『Moon Palace』)
を追体験できてしまう。

それはひとえに、文章の(あるいは翻訳の)洗練だ。
どのページを開いても、私には音楽が聞こえる。
これほど透徹した文章を身体に通過させるように、
時間を経過させたいと思う。

いいね!と誰かに共感してもらえるほどのこともない、
トーンの低い一日だとか、
何も成し遂げず惰眠をむさぼった一日だとしても、
通り過ぎていく時間すべてを全肯定するしかない。
誰に何を言われようが、気にしてはいけない。
パーフェクトでなくてもいい。
私は私の音楽を奏でて、世界のへりで踊る。ことばを綴る。それしかできない。

そんな意地さえ揺らぎそうになったら、これからもきっと手に取り続ける。
懐かしい友人に会いに行くように。古いレコードにそっと針を落とすように。
2014年時点で、最後まで手元に残しておきたいのはこの3冊だ、と
ここで宣言しておく。
リアルな人生にこそ予定調和などなく、それこそアンチクライマックスに、
ある日突然別れが訪れるものだから。
by office_bluemoon | 2014-10-31 08:27 | こんなもの、読んだ(本・雑誌)