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探偵小説・冒険小説指南本・『樽』(丸谷才一・内藤陳・クロフツ)

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松本清張『点と線』で、古典ミステリーの良さを思い出した、続き。
そう、こういう、奇をてらいすぎない、人物像に味がある、謎解きが好きだったんだっけ。

ほかにも名作を思い出したくて次に手を伸ばしたのが、丸谷才一『快楽としてのミステリー』
日本語の美しさここにあり、と文語体を貫こうとする丸谷氏と真正面に向き合う覚悟がなくて、
部屋の隅に久しく積まれたままだった。機が熟したのか、今度は一気に読めた。
未読の古典名作に付箋をたくさん貼る。

何よりも、丸山氏のチャンドラー論はどれを読んでも百万の味方を得たり、の気分。
「これが文学でなくて何が文学か」の見出しには、泣けてくる。

探偵小説にせよ、純文学にせよ、ミステリーにせよ、サスペンスにせよ。
その作品が好きかどうかの指針は、この一点にこだわるのでいいのだな、と得心した一節を。

(前略)探偵小説の本筋からいへばまったくどうでもいいこんな挿話の連続が、何度も読み返したくなるくらゐ
(事実わたしはさうしたのだが)楽しいのは、人間の味はふ幸福感を正確にとらへてゐるからである。
人間は一般に、ときどき幸福な気持になって満足するのでなければ生きてゆかれない。たとへそれが、
木の葉が日の光を浴びて風邪に揺れるのが美しいとか、起き掛けに飲むいっぱいのお茶がおいしい
とかのやうな、ごくささやかな満足であっても、われわれはそれに力を得て生きてゆくことができるのである。
それは人間の生の根拠だらう。しかしたいていの探偵小説は、こんな当たり前のことをすつかり
見落としてゐる人々によって書かれてゐる。
 探偵小説に限らず、現代文学が一般に人間のそんな生き方を正視しなくなり、幸福感を描くことを
怠ってゐるといふ状況について、ここで詳しく語るゆとりは、残念ながら与へられてゐない。(327頁)


面白本オススメ人、の雄をもう一人。
なんで、久しく思い出さなかったんだろう。人生を変えた一冊だったのに。
内藤陳『読まずに死ねるか!』。
この本に出会わなかったら、フォーサイスにも、フォレットにカッスラー、クラーク、ケンリック、パーカーにも、
そして和田誠の本に中学生が手を伸ばすこともなかったはず。

「ハードボイルドだど」の決めゼリフよろしく、カウボーイの格好で見事な拳銃さばきを見せる、
コメディアン時代の内藤氏を私はリアルタイムでは知らない。だけど、オススメ本の書評を書くかたわら、
冒険小説好きがこうじて内藤氏が開いた新宿ゴールデン街のバー、
『深夜プラス1』はある時期、憧れの聖地だった。呑み助の先輩の先導でおそるおそる店の前までいって、
中を覗き込んですごすご帰ってきたことが二度ほど。あのとき、扉を押す勇気があったなら。

こちらでも、内藤氏と、開高健氏の対談の中から、これでよかったんだ、とわが意を得たりの一節を発見。

だから、本格とかトリックとかありましたけど、やっぱりぼくたちが冒険小説とかハード・ボイルド・ミステリが
好きなのは、人間が好きなんですね。事件もカギも、そんなことは付随した条件にすぎない。もちろん、
それがよきゃなおいいけれども。ぼく、町のバーテンだとか、ショッピング・バッグ・レディとか、
脇役が好きだったりするんです。よい作品てのはたとえワン・シーン登場のやつでもしっかり描かれて
いるんです、人間が。それで、どうもナゾ解き・本格というのはもういいやと思っているんですけど、
これ乱暴でしょうか?(50頁)



この流れから、アイルランドの作家、クロフツのデビュー作『樽』を、読む。綿密な調査で
アリバイを崩す、という点にかけては、『点と線』と東西の双璧を成す、とのこと。
なるほど、派手なスター探偵や捜査官は出てこないけれど、それこそ
靴をすり減らして捜査する地味な登場人物たちには、
味がある。そこに人情のスパイスもひと振り、ふた振り。評判にいつわりなし。



























































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by office_bluemoon | 2016-03-07 21:43 | こんなもの、読んだ(本・雑誌)