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カテゴリ:こんなもの、読んだ(本・雑誌)( 84 )

『ビラブド』 トニ・モリスン

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今までに体験したことのないビートに平手打ちをくらい、
絞り出されたヴォイスにガツン、とやられる。

外国文学を訪ねる旅は、音楽体験と似ている。
そう思わせてくれる、作家と出会いました。

赤メガネの読書会、
トニ・モリソン作『ビラブド』を取り上げた回のレポートを担当しました。

お時間のある時にご覧いただけましたら。
6月のページに飛ぶリンクはこちらです。


































































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by office_bluemoon | 2016-07-01 08:57 | こんなもの、読んだ(本・雑誌)

Reading All Around the World ― 読書で旅する世界 2016年 5月末まで

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文学で巡る世界紀行。
あっという間に梅雨に入ろうとしているので、ここまでのまとめを。
7か国、8冊。



#1 「デミアン」 ヘルマン・ヘッセ(ドイツ)

気づくといつも群れから一歩離れて、世界を眺めている。
だからこそ味わう自由と、孤独がある。その風通しの良い場所では、
何にももたれかからないつもりで(実は何か超越した存在を希求し、
身をおもねているのだけれど)常に一人で考え、決め、
前に進まなければいけない――こんな気持ちを
味わったことがある者なら、デミアンは身近な存在になる。
とはいえデミアンの足踏みが時折じれったく、青春文学はやはり
青春期に読んでこそ、と痛感。



#2 「肉体の悪魔」 レーモン・ラディゲ(フランス)

困ったことにこの少年期の懊悩と衝動にはほとんど共感できなかった。20歳で
早逝した天才作家が10代の実体験をもとに書いたというこの作品は
のちの世に大きな影響を与えて名優が映画を演じ、日本では三島由紀夫がラディゲに
心酔した。
今回、同時期に本書を読んだほぼ同世代の友人2人は、大きく共鳴していた。
作品と出会うべき年齢、というよりも「恋に恋する」年頃へのスタンスが
この作品への評価を分けるのかもしれないと思った。



#3 「樽」 F.W.クロフツ(アイルランド)

こちらの最終パラグラフで紹介。こういう、噛むのに顎をすごく使う古臭い推理小説が好きだ。



#4 「百年の孤独」 ガブリエル=ガルシア・マルケス(コロンビア)

読書会100回記念に、と「百」つながりで選書し、みんなで読んだ思い出深い読書。
イタリア語版もたまたま手に入れたので同時期に並行して読破
(原作はスペイン語だけれど、たまたまイタリア語の先生が貸してくださった)。
ひとことで言うと、明るい諸行無常。死者が何度生き還ろうが、血があり得ないほど
流れ続けようが、空から何が降ってこようが、同じ名前を受け継いだ者がどれだけ
あやまちを繰り返そうが、とにかく脈々と受け継がれる一族の因縁。業。
どんなに奇想天外なことが次々に起きても、読み手に受け入れさせてしまう
このぐいぐいと引っ張っていく筆力ってなんだろう。



#5 「ジゴロとジゴレット」 サマセット・モーム(イギリス)

昔読んだはずなのに、今、魅力を再発見、のモーム。この短編集は、
ハズレなし、の名作集。一つ一つ形も味も違う高級チョコレートの小箱を
少しずつたのしむような、豊かな気持ちになれる読書。

さまざまな場面設定で始まる小さなドラマ。読みながら自分の経験値に
照らし合わせて予測する結末は見事、どれも裏切られる。
今回読んだ中では、作品「ジェイン」を覚えておきたい、と思った。でもこれもまた、
人生のどんなときに読んだかによって折々変わりそう。そこがまた、いい。

モームは生涯旅を多くし、イギリスのスパイとしても活躍していた。
だからこそ、の鋭い洞察力、それと情に流されない冷静さと知性。



#6 「響きと怒り」 ウィリアム・フォークナー(アメリカ)

マルケスをして、ノーベル賞受賞のときに「フォークナーと
同じ場所に立てて嬉しい」と言わしめた、アメリカのノーベル賞作家。
マルケスに与えた影響を知りたくて、手に取ってみた。なるほど、この、
大胆なストーリーテリングがマルケスになるのか、と検証できたのは
興味深かった半面、これほど解説が必要な文学作品というのはどうだろう、
という疑問が残る。
もうひとつ。アメリカ南部の小説に登場するアフリカ系アメリカ人が
話す言葉(日本語訳)がかなりの確率で「~ですだ」、「でごぜえます」
なのは、そろそろ何とかならないものか、気になって仕方がなかった。



#7 「ある作曲家の生涯」 カレル・チャペック(チェコ)

こちらも、初めて読む作家。多くの登場人物の証言によって、
一人の人物像が浮かび上がっていく。
最終章で延々と語られる、芸術の在り方(個性の表出ではなく、
神から分け与えられたものを素直に映し出すこと)、がこの本で実は
チャペックが最も言いたかったことではないか、と思った。チャペックは
チェコ語で書いたのだと思うけれど、英語のdivine(天与の、神から授かった)と
divide(分ける)、express(表現する、絞る), expression(表現)、と、
そのあたりのキーワードの語源を使った
言葉遊び、的な要素が本来あったのではないか。



#8 「オセロ」 ウィリアム・シェイクスピア(イギリス)

そういえば、子供向けではないシェイクスビアをちゃんと読む機会が
なかった、と気づいて読書会で取り上げる。戯曲は慣れてないと読みにくい。
この前後に、シェイクスピア論をいくつか読んだ。台詞からその人物像を
読み取り、声に出してキャラクターを創り上げられる俳優という仕事のすごさと、
作品もその台詞(海外作品の場合は翻訳)が生命、ということがよくわかった。
シェイクスピア、舞台版もいつかぜひ観なければ、と思う。

























































































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by office_bluemoon | 2016-05-30 13:42 | こんなもの、読んだ(本・雑誌)

読書会「赤メガネの会」ホームページができました。

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本好きは他人の読んでいる本がいつだって気になるもの。

たびたびお邪魔している読書会「赤メガネの会」が
このたび100回を迎えた記念にホームページを立ち上げました。


私も第68回から参加。
メンバーの読書への熱意、プレゼンのうまさにびっくりして、
仲間に入れてもらいました。

3週間に1回集まり、課題図書と、メンバーが読んだ本について4時間(!)話をします。
その様子も、折々アップされるようなので、
お時間のある時に良かったらご覧いただけましたら。

「赤メガネの会」
http://www.akamegane.tokyo/
























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by office_bluemoon | 2016-04-29 10:16 | こんなもの、読んだ(本・雑誌)

ミニマリズムでいこう:『ハーバード式ロジカル英語』

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お仕事でもお世話になっている、ビジネス・ブレークスルー大学経営学部教授・青野仲達さんの新著
グローバル時代を生き抜くための ハーバード式英語学習法』の続編。

1冊目のメッセージはこうだった――シンプルな文を5つ書くだけで、世界で通用するエッセイになる。
2冊目になる本編ではこれに加え、文を短くするテクニックや、印象的で、説得力あるアウトプットをする
コツをさらに具体的に紹介。ビフォア―/アフターの例文を対比させて見せてくれる。
すべて対訳がついているし、文法的な解説も必ず添えられている。前の記述と照らしたり辞書を引いたり
せずに済むので、読みやすい。

さて、「ハーバード式」と謳っているのは、青野氏がハーバード・ビジネス・スクール(以下、HBS)の卒業生
だから。
HBSでは入学者を決める際、TOEFLやGMATなどの検定試験の点数は重視しない。勝負は、
志願者が書く「エッセイ」で決まる。それではHBSではなぜ、エッセイを重視するのか。
その理由は、以下の3点があぶりだされるからだと青野氏は指摘する。

1) ロジカルな思考ができるか
2) 他の人と違う差別化要因を持っているか
3) その違いを効果的に伝えることができるか

その昔、HBSに出願すべきか青野氏が迷っていた時に、やはりHBS出身の英国人だけが
こうアドバイスした。「君はHBSに行った方がいい」。理由はこうだった。
”You’re very different.”
(君はまったく違う)

他の日本人学生と違うから。日本では「出る杭は打たれる」というけれど、
それがHBSでは武器になる。この点をアピールできるか否か。グローバル・リーダーになれる素質が
すでにここで問われているのだという(p.210)。

ところで、自戒をこめて痛感することがある。たしかに、ある程度英語が書け(話せ)ても、
主張を通さなければいけない場面ではかならずしも有利ではない。思ったことをすらすらとたくさん書ける
(立て板に水、で話せる)と、達者そうに見える。しかし、ある程度の語学レベルに達している人ほどつい、
一文が長くなり、しかも文を数多く重ねるのでポイントがぼける。冗漫になると、インパクトが薄まる。

Less is More(減らせば、増える)。ドイツの建築家が残した名言だ。これが、文を書く上での極意にも
なると青野氏は述べる(p.148)。

この文章作法、なんだか、聞き覚えがある。そう思った数ページあとに出てきたこの英訳に、
笑ってしまった。引用する。

***
日本語にも「シンプル」の伝統があります。たとえば「枕草子」です。夏は夜(がすばらしい)。
理由は月、蛍、雨。そのシンプルさは衝撃的です。まるで英語の5行エッセイを読んでいるような
気になります。

Summer is best at night.
(夏は夜がすばらしい。)
The moon shines perfectly.
(月の輝きが完璧だ。)
Fireflies mingle in the dark.
(蛍が暗闇に飛び交う。)
Even the rain is lovely.
(雨さえもいとおしい。)
I love summer nights.
(私は夏の夜が大好きだ。)
(p.154)

***

(本ブログ筆者による原文引用:
夏は夜。月のころはさらなり。やみもなほ、蛍(ほたる)の多く飛(と)びちがひたる。また。ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降(ふ)るもをかし。 
参照サイト:http://www2.nhk.or.jp/school/movie/outline.cgi?das_id=D0005150081_00000)

一番、伝えたいメッセージは何か。何を、どのような順番で話せば自分の考えが相手に
伝わりやすいかを考えることは、すなわち、相手へのリスペクト(p.29)。
美しいデザインが「機能的」であることと、美しいエッセイが「論理的」であることは、
イコールといってもいいのだとも(p.30)。

この指摘、日常家電などの多機能化を目指すより、無駄なものをそぎ落とした用途の美を思い出せ、という
プロダクト・デザインへの警鐘とも共鳴する、とふと思う。

清少納言もしかり。ミニマリズム。なんだ、古来日本人の得意とするところではないか。

そぎ落として、そぎ落として。
あなたが、あなたでしかない、私が私でしかないオリジナルを、シンプルに提示できればいい。
それだけでいいのだ。

だから、本書のエッセンスは応用範囲が広い。英語の初学者はもちろん、英語と日本語の熟達者、
英語以外の外国語でコミュニケーションを図らなければならない人にも役立つヒントが満載だ。



















































































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by office_bluemoon | 2016-03-14 10:45 | こんなもの、読んだ(本・雑誌)

京都考2冊:『イケズの構造』・『都と京』

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2015年の『新書大賞』を受賞した「京都ぎらい」が次の読書会課題。
ネット書店でも品切れが続き中々届かなかったので、到着待ちの間、類書2冊を読む。
京都生まれ、東京生まれ、2人の著者からみた京都比較文化論、
これが、2作とも京都愛あふれる良書だった。


「イケズの構造」入江 敦彦

入江氏は京都市西陣の生まれ。髪結い屋の長男に生まれたが、現在は英国在住。京都弁ネイティブとして、
「イケズ」とは何か、というテーマを軸に、京都気質を論じる。

「イケズ」を標準語に置き換えると、「意地悪」とか「皮肉」だとずっと思っていた。まず、そこからして
認識が違っていた。これを読むと、人付き合いに欠かせない、緩衝材といってもいいらしい。ならばなぜ、
京都人はイケズを言わなければならないのか。この点にこだわって「京都人ならばこう言われたらこう返す」、
という受け答え例文集(?)を素材に、言外の含み、イケズと非イケズのあわいに切り込んでいく。

この本で最も面白かったのは、清少納言や紫式部の時代だったら京都弁でこんなふうにしゃべっていた、と
翻訳するくだり。「春は曙」も、「春いうたら曙やね」になるし、光源氏を巡る恋のすったもんだも、京都弁に
したとたんにセリフがリアルになる。そうか、彼女たち、彼らはネイティブだったともいえる。
現代語を飛び越えて、京都弁をしゃべらせてみることは思いつかなかった。

著者によると、紫式部はイケズのきわみで、清少納言はそうでもない、のだという。分析は平安の才女に
とどまらず、利休は筋金入りのイケズ、という仮説のもと、秀吉との確執をひもとく。海外にも生息していた
イケズの筆頭は、シェイクスピア。あのハムレットの名セリフも京都弁だと、「どないしょー、
どないしょかなあ。……どないしよォ?」というのは、蓋し、名訳。

京都人の心理をえぐりながらも、イケズという生き方を肯定しているさまが小気味良いのは、筆者がいま
海外から日本を、京都を眺めているからだと私は考える。イケズを肯定し、インサイダーでありながら
それを客観的に笑える遊び心から、私たちが学べることはたくさんある。




「都と京」酒井 順子

2冊目は、エッセイスト酒井順子さんが、東京人の目から見た都市比較論。「始末とケチ」、「綿矢りさと
金原ひとみ」、「俵屋とコンラッド」、「『はる』と『らっしゃる』」などなど、非常に興味そそる章立てで、2つの都市を
対比する。ここでも、「源氏物語」が俎上に乗り、紫の上が明石の君に惹かれた展開に見る、京都人が「鄙(田舎)」に抱く畏れについて考察を展開する。
この伏線があってこそ、最終章の「京女と東女(あずまおんな)」のこのくだりが活きてくる。

この京女と東女の違いは、「先を見越す能力の強弱」から来ているのではないかと、私は思います。
東女というのは、「今この瞬間、幸せになりたい」のです。(中略)対して京女はもっと先のことを考えています。
歴史の中の一コマとして息、次の世代にバトンを渡すために存在する自分という意識があるのでしょう。
目先の幸(さいわ)いや快楽を取ろうとせず、一時的な感情を呑み込み、したたかなまでに耐える。
(中略)「今この瞬間」を大切にする東女は、刹那的で、無常感を抱えているように感じられます。
もちろん、年に生きる者の常としてその手の感覚を私たちは持っているのですが、しかし私は、
実は京女の方が、東女よりももっと深い無常観の中で生きているような気がするのです(p.245~p.246)。


京都への憧憬はそのままに。東京人である自分を否定せずに、2つの違う文化圏を
タイムトラベラーのように行き来できる喜びに溢れている軽やかさが、いい。
さすがは息の長い、エッセイの名手。
























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by office_bluemoon | 2016-03-09 21:43 | こんなもの、読んだ(本・雑誌)

探偵小説・冒険小説指南本・『樽』(丸谷才一・内藤陳・クロフツ)

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松本清張『点と線』で、古典ミステリーの良さを思い出した、続き。
そう、こういう、奇をてらいすぎない、人物像に味がある、謎解きが好きだったんだっけ。

ほかにも名作を思い出したくて次に手を伸ばしたのが、丸谷才一『快楽としてのミステリー』
日本語の美しさここにあり、と文語体を貫こうとする丸谷氏と真正面に向き合う覚悟がなくて、
部屋の隅に久しく積まれたままだった。機が熟したのか、今度は一気に読めた。
未読の古典名作に付箋をたくさん貼る。

何よりも、丸山氏のチャンドラー論はどれを読んでも百万の味方を得たり、の気分。
「これが文学でなくて何が文学か」の見出しには、泣けてくる。

探偵小説にせよ、純文学にせよ、ミステリーにせよ、サスペンスにせよ。
その作品が好きかどうかの指針は、この一点にこだわるのでいいのだな、と得心した一節を。

(前略)探偵小説の本筋からいへばまったくどうでもいいこんな挿話の連続が、何度も読み返したくなるくらゐ
(事実わたしはさうしたのだが)楽しいのは、人間の味はふ幸福感を正確にとらへてゐるからである。
人間は一般に、ときどき幸福な気持になって満足するのでなければ生きてゆかれない。たとへそれが、
木の葉が日の光を浴びて風邪に揺れるのが美しいとか、起き掛けに飲むいっぱいのお茶がおいしい
とかのやうな、ごくささやかな満足であっても、われわれはそれに力を得て生きてゆくことができるのである。
それは人間の生の根拠だらう。しかしたいていの探偵小説は、こんな当たり前のことをすつかり
見落としてゐる人々によって書かれてゐる。
 探偵小説に限らず、現代文学が一般に人間のそんな生き方を正視しなくなり、幸福感を描くことを
怠ってゐるといふ状況について、ここで詳しく語るゆとりは、残念ながら与へられてゐない。(327頁)


面白本オススメ人、の雄をもう一人。
なんで、久しく思い出さなかったんだろう。人生を変えた一冊だったのに。
内藤陳『読まずに死ねるか!』。
この本に出会わなかったら、フォーサイスにも、フォレットにカッスラー、クラーク、ケンリック、パーカーにも、
そして和田誠の本に中学生が手を伸ばすこともなかったはず。

「ハードボイルドだど」の決めゼリフよろしく、カウボーイの格好で見事な拳銃さばきを見せる、
コメディアン時代の内藤氏を私はリアルタイムでは知らない。だけど、オススメ本の書評を書くかたわら、
冒険小説好きがこうじて内藤氏が開いた新宿ゴールデン街のバー、
『深夜プラス1』はある時期、憧れの聖地だった。呑み助の先輩の先導でおそるおそる店の前までいって、
中を覗き込んですごすご帰ってきたことが二度ほど。あのとき、扉を押す勇気があったなら。

こちらでも、内藤氏と、開高健氏の対談の中から、これでよかったんだ、とわが意を得たりの一節を発見。

だから、本格とかトリックとかありましたけど、やっぱりぼくたちが冒険小説とかハード・ボイルド・ミステリが
好きなのは、人間が好きなんですね。事件もカギも、そんなことは付随した条件にすぎない。もちろん、
それがよきゃなおいいけれども。ぼく、町のバーテンだとか、ショッピング・バッグ・レディとか、
脇役が好きだったりするんです。よい作品てのはたとえワン・シーン登場のやつでもしっかり描かれて
いるんです、人間が。それで、どうもナゾ解き・本格というのはもういいやと思っているんですけど、
これ乱暴でしょうか?(50頁)



この流れから、アイルランドの作家、クロフツのデビュー作『樽』を、読む。綿密な調査で
アリバイを崩す、という点にかけては、『点と線』と東西の双璧を成す、とのこと。
なるほど、派手なスター探偵や捜査官は出てこないけれど、それこそ
靴をすり減らして捜査する地味な登場人物たちには、
味がある。そこに人情のスパイスもひと振り、ふた振り。評判にいつわりなし。



























































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by office_bluemoon | 2016-03-07 21:43 | こんなもの、読んだ(本・雑誌)

読書欲がかきたてられる本: 『立花隆の書棚』 立花隆・『日本流』  松岡正剛

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知の巨人二人の本を、続けて読む。

『立花隆の書棚』 立花隆

書架の写真とテキストで全650ページ。
持つ手にも、頭にもずっしりときた。

文京区小石川にある立花氏の書庫兼書斎『ネコビル』をはじめ、
大学研究室、別棟書庫の蔵書を撮影。その内容と、購入した背景を解説した本。
さながら、知のカオス。ラビリンス(迷宮)。
本文で気になる書籍に付箋を貼り、書架写真の背表紙の文字はルーペで拡大して
じっくり読んだ。他人の書架に並ぶ背表紙が気になってたまらない人には
決して長さを感じさせない、垂涎の一冊。保存版。

私にとって初めての立花隆本は、『田中角栄研究』でも、『臨死体験』でもない。
1995年頃に刊行された、『僕はこんな本を読んできた』。これを読んで以来、
立花氏の読書14か条に影響を受け、ことあるごとにその切り抜きを見返してきた。

1. 本に金を惜しむな。
2. 同テーマの類書を読め。
3.選択の失敗を恐れるな。
4. 自分の水準に合わぬ本は途中でもやめろ。
5. 読むのをやめてページだけは最後までめくれ。
6. 速読術を身につけよ。
7. 読みながらノートはとるな。
8. ガイドブックに惑わされるな。
9. 注釈に注意せよ。
10. 書かれていることを疑え。
11. オヤと思った情報はチェックしろ。
12. ?と思ったらオリジナル・データにあたれ。
13. 難解な翻訳書は翻訳を疑え。
14. 大学での知識はなにほどでもない――若いうちはとにかく読め!


この14か条に出会ってから、気づいたら20年余。
知の巨人はますます、エントロピー的に知の迷宮を広げている。
知らないこと、読んでない本がこんなにある!のを知るのも、これなら読んだ!という
背表紙を書架に見つけるのも、両方楽しい。

人類の歴史や宗教を振り返るうえで、西洋やイスラムの人々の思想の礎になっている書物
――聖書はもとより、イスラム思想、哲学書――に、今回は付箋をたくさんつける。
そう、学校時代に受け身で覚えさせられた知識は疑うべきだし、それだけではいかんせん、
世の中をわたってはいけないのだ。



もう一冊が、こちら。
『日本流』 松岡正剛

もうひとり、博覧強記の代名詞、ともいえる松岡正剛氏。

そもそも、『かなりや』や『雨降りお月さん』『赤い靴』といった
日本の童謡はなぜ、そこはかとなくもの哀しく、寂しげなのか?
この疑問に端を発し、古くから「多様で一途なものが好き」な日本人が
どのようなもの・ことを愛で、そこからどのような文化や言葉が生まれたかを
絵巻のように紹介し、この国の行方を憂えもする、絢爛たる日本論。

日本人は晴れやかな【あっぱれ】なものに惹かれつつも、
滅び、変化するもの、はかない【あはれ】な事象に常に目を向け、遊んできた。
ここで、【あっぱれ】と【あはれ】は音も似た、対になる概念であるのだという。

立花氏の書架を眺めたその目で世界から見た知の潮流を駆け足で俯瞰。
その後、『日本流』で松岡氏と日本の歴史をさかのぼると、この島国で醸成された
文化の独自性にあらためて、気づかされる。

日本びいきをするにせよ、しないにせよ、古今東西の多様な価値観を見知った上で
みずから考え、謙虚に立っていたい、と痛感する。






































































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by office_bluemoon | 2016-03-06 13:38 | こんなもの、読んだ(本・雑誌)

東京・江戸逍遥エッセイつながりで読んだ本

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江戸の名残や、昭和の東京が好きだ。
このつながりで、年初から読んだ本をここにまとめておく。

『隅田川暮色』芝木 好子
『ロゴスの市』で、日本語の会話の美しさが挙げられていた。現在は絶版となっていたので、
古書で求める。組紐職人の女性が主人公。震災前後の隅田川沿岸を中心とする東京の風情、
湘南・奈良に舞台を移したドラマに親近感を覚える。

『月島物語』 四方田 犬彦
ニューヨークではマンハッタン島に住んでいた著者が帰国して次に選んだ住まいが、
月島。小津映画に登場するような長屋暮らしを始めてみて興味が沸いた、
「島」から眺める東京の変遷。島だからこそ育むまれる才能と、気質、情緒が月島にもあるのだ。

『ひとり飲み飯肴かな』 久住 昌之
『ちゃっかり温泉』久住 昌之
この二作を読んでつくづく、自分は、日常空間の中のエスケープ時間が好きだ、と実感。
富と財を成すことよりも、気の向くまま空間と自由を泳げる暮らしがしたい、と子供の頃から
夢見続けて、今に至っているのかも。志が低いんだか、高いんだか。
『孤独のグルメ』井之頭五郎の語り口はここに健在。

『Tokyo 老舗・古町・お忍び散歩』 坂崎 重盛
テレビの飲み屋横丁探訪記にもよく登場する坂崎氏は、あのアルフィーの坂崎さんのおじ。
久住氏もそうだが、酒飲みでありながら、新しく訪れる土地や店への緊張感・気遣いのあふれる
エッセイは、ぐだぐだに呑んでいるのであろうが、読んでいてすがすがしい。

『東京ステーションホテル物語』 種村 直樹
今回の東京読書散歩のハイライトは、この本。
行幸通りから眺める東京駅の美しさは、
日本の宝だと思う。堂々と往来の多い場所にありながら、毅然とした矜持と親しみやすさが
絶妙にブレンドしているこのホテルのたたずまいが好きだ。
日本における駅直結ホテルが誕生した背景から、関東大震災・戦争を経て、
どのように建物と伝統が守られてきたかを初めて知る。
松本清張、川端康成、内田百閒、森瑤子、とこのホテルをこよなく愛した文士の
エピソードも事欠かず。文豪足跡マニアにはたまらない一冊となる。

『点と線』 松本 清張
『ステーションホテル物語』ゆかりの作品、ということで、恥ずかしながら人生初、の松本清張作品となる。
感想はこちら

『東京日記』 内田百閒
同じく、初めての百閒作品。漱石門下生、ということで勝手にイメージしていた作風とは
全然違い、驚く。丸ビルが忽然と消えているのに誰も気づかなかったり、
混線した電話から聞こえる声の持ち主の女が隣の公衆電話にいたり、
四谷見附あたりから無人の乗用車にぴったり横をつけられたり、
生前主人が貸した本だのレコードがお宅にまだある気がしてならない、と
未亡人が連日訪ねてきたり。
この時代で、このシュールさは、すごい。最後の数行でストン、と落とされたり、ぞわわ、とさせられる。
迫りくる、理不尽な恐怖のスケッチの達者さ、力の抜け具合は、流石。














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by office_bluemoon | 2016-02-20 20:37 | こんなもの、読んだ(本・雑誌)

『点と線』 松本 清張

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このところ、東京・江戸のお散歩エッセイを続けて読んでいた。
たどりついたのが、東京駅。
それも鉄道ダイヤが鍵となるこの本。

初めての松本清張、息もつかせなかった。
湯船の中でパラパラとめくりはじめ、
手が止まらなくなってその晩のうちに読了。

社会派・文豪然とした風貌から、
もっととっつきにくい文体だと思っていたけれど、
良い方に裏切られた。
清張先生、ごめんなさい。勝手に先入観を持っていました。
ドラマと映画、観たかった。

こみ入った時刻表トリックもすらすらと読めてしまったのは、
ひとえに文章の巧さ。
変に純文学ぶらず、それでいてエンターテイメントとして
品格を失っていない。こういうポジションを目指したいと思った。

場面設定がこみいっているわけでもなく、変態が登場するわけでもなく、
惨殺っぷりがすごいわけでもない、トリック破りで勝負!の、
生一本の推理小説。

ポー、エラリー・クイーン、クリスティ、ドイル。
幼いころ、推理小説の謎解きに夢中になった頃を思い出した。
懐かしいなぁ。やっぱりいいじゃないか、こういうの。
丹頂チックとか、仁丹の匂いが漂ってきそうな
昭和のオジサンっぽい感じも、いい。

東京・江戸お散歩本については、またお宝を発見。
後日まとめることにする。

(2016_19)
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by office_bluemoon | 2016-02-09 09:53 | こんなもの、読んだ(本・雑誌)

『謹訳 源氏物語一』 林 望

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読書会友人が今年決意した、『源氏物語』読破!という素敵な目標。
これに、便乗することにした。

何年生だか忘れたが、高校の古典の授業で一年間、この作品を精読した。正直言って、
この世界観は好きではなかった。いや、もっとはっきりいうと、虫唾が走るくらい嫌で、
「なんでいつも待つのは女なわけ?」とぷんぷんと怒っていた。
会えるの、会えないの、と男も女も優柔不断なのが耐え難かった。源氏と紫上のくだりにいたっては
小利口でモラルがちがちの女子高生だった自分は「破廉恥、ロリコン!」「粘着質」と
バッサリ切り捨てていた。

文句をいうわりには、テストに出るさわりしか読まなかった。その時からン十年経って、
それなりに角が取れた(はずの)自分が、この作品をどう感じるかが知りたくなった。
友人の読後に同じ本をお借りして、全巻読むことに決めた。
そういう強力な牽引力がなければ、この先も読まないだろうし。

現代語訳が数ある中で、友人が選んだのは、リンボウ先生こと、林望さんの手によるもの。
『謹訳 源氏物語』の第一巻(桐壺・帚木・空蝉・夕顔・若紫)を読了。

『さて、もう昔のこと、あれほどの帝の御世であったか......』(p.7)

まず、この訳、すばらしく読みやすい。よかった。これならば、挫折しなさそう。みやびさと気品を残しながら、
読みやすい日本語にする、という難行をさらりとやってのけている。登場人物たちのヴォイスが
身近に思えるから、現代の俳優だったら誰がぴったりか、なんてことを想像して
台詞やストーリーを追う余裕まである。今回は。

外国の人と話をしていて、彼らのほうがTales of Genji について、よく知っている場合がままある。
『色』の描写とその色が表象する世界観を絶賛する文献を読んだことがある。なるほど、と思った。
この点にも注目して読み進める。色もそうだが、着衣の表現が、つくづく、美しい。
やまとことばも、漢語の字面も、現代語のなかにあってもまことに美しい。
おかしな言い方だが、この物語を母国語として読めて幸せだ、と思った。

それにしても、一千年の時を越えても、恋のさや当ては変わらず。恋愛観がおおらかであっても、
制度や身分の制約の中に置かれ、ことさらに燃え盛る恋の炎。今だったら、わかる。
追えば逃げる、逃げれば追うの、機微。あぁ、ここをちゃんと読み込んでいたら、
唐変木でも朴念仁でも野暮天でもない、今とは全然違う華麗なる人生だったかもしれなかったのに。

第一冊目では、空蝉が印象に残った。懊悩の末、忘れられない女になることを選んだ
怜悧さ。しびれた。


写真は、出先の川辺で見つけた、梅。気合を入れて大作を読むときは、少し遠出することにしている。
明日はもう立春。
(2016_16)
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by office_bluemoon | 2016-02-03 15:33 | こんなもの、読んだ(本・雑誌)