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カテゴリ:ほんの習作(掌編・エッセイ他)( 41 )

blue blue moon


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じゃあ、サンセットの頃に、浜で。
ゆるい約束。
近所の友人たちとミニ同窓会。

夏限定の、海の家での待ち合わせ。

それぞれの場所で仕事を終えた友人たちが、ビーサン履いて
沢蟹のようにわらわらと集まる。

松林越しに満月がのぼる。
砂浜に置いてあった天体望遠鏡で、かわるがわるクレーターを眺める。
足の裏にふれるひんやりとした砂。寄せては返す波の音。
サマードレスのすそをひるがえす、潮風。蚊取り線香の香り。

日本の夏のブルー・ブルー・ムーン。
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by office_bluemoon | 2015-08-04 10:08 | ほんの習作(掌編・エッセイ他)

驟雨

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すぐ前も見えないほどの驟雨。
小走りに駆け込んだのは、地元の人々が集う共同湯。

雷鳴で照らされる半露天風呂にこわごわ漬かりながら、
毎日来ているというおばあちゃんに話しかけられる。
身の上話、嫁いだ娘の話をひとしきり聞く。
田んぼの真ん中にあるこの湯のためにはるばる来た、と話したら相好を崩して
水の出が良いシャワー口や、近所のおいしい蕎麦屋を教えてくれる。

そろそろ出ます、と辞去すると
脱衣所まで追いかけてきた。
「これも何かの縁だから」、と。
今朝とれたというゴーヤとオクラと平打ちインゲンをもらう。

雨が上がった。
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by office_bluemoon | 2015-08-03 10:02 | ほんの習作(掌編・エッセイ他)

山間の集落で。

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過疎化のすすむ秩父の栃本集落というところに、
ご縁あって、芋ほりのお手伝いに。

長袖、長靴、軍手、手ぬぐいほおかむり、で。
甲子園球児もかくや、といういでたちでの斜面の作業、地面から湯気が立って見えた。
この夏一番暑かった。

水をいくら飲んでも、汗になってしまう。
塩分が失われる。だから、
一人暮らしのおばあちゃんが土間にいそいそと出してくれた、
麦茶と、茹でただけのキタアカリ、紫芋煮転がし、
手作りみそをつけて食べるきゅうりのおいしかったこと。

こういった集落、古くからのいとなみを絶やすまい、とする、取り組みは、
効率性を重んじる世の流れからいったらまったくもって
逆行しているのだけれど。

そんなの関係ない、と、
「一所懸命」にこの土地に住み続ける人、ここをしげく訪れる人、移住する人。
心の声に従って、すべきことを黙々と続けている人がいる。


芋掘り隊到着を楽しみに待つおばあちゃんの、
一年分を一気に話そうとするかのようなとりとめもない話。
この集落に惚れ込み、とうとう民家を買い取り、
自分の家の真裏に引っ越してきてくれる若者の名前を、
女子高生が好きな男の子のことを話すときのように、
熱っぽく繰り返す。
Yくんがこないだ老人会でね、Yくんがあたしの誕生日にね、
Yくんがあたしの作ったお手玉を配ってくれてね。
大事そうに写真を取り出して、説明してくれる。
当のYくんは、居間のコタツに座り込んで、うんうん、とうなずきながら、
芋をほおばっている。

このおばあちゃんの話をはしょることなく、心から向き合って、
あいずちをうつリーダーのものごしにも、胸を打たれた。


要領の悪いこと、割の合わないことうまく避けていきるのが勝ち組、だなんて
どこで刷り込まれてしまったのだろう。

常日頃いそがしがってばかりいて、
人の話を、気をそらさないでちゃんと最後まで傾聴する姿勢、しばらくおろそかにしていたと思った。
こざかしく「ポイントを押さえる」、「かいつまむ」、「はしょる」、ことばかりに
血道をあげてきた自分がすごくみすぼらしく思えてきた。

人としてどうか、幸せか、を選べばよいだけなのに。
時間の奴隷になっていた。感情も押し殺してた。



道を歩いていて話しかけるだけで、知らない人がキュウリをもいで分けてくれる。
道の駅でちょっとものを尋ねても、切ったキュウリを出してくれる。
カッパの呪いか!と思うくらい、キュウリが出てくる。

セミの声、鍬の手ごたえ、土のにおい、
斜面越しにこちらを呼ぶおばあちゃんの声。
畑の脇をながれる川のせせらぎ。風にそよぐ、名も知らぬ花。
それと、この日食べたキュウリ、10本は軽く超える。
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by office_bluemoon | 2015-07-31 14:14 | ほんの習作(掌編・エッセイ他)

quake

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最初は眩暈かと思ったが、そうではないと気づいた。
この日だったか、といつも思う。

いつか、大きいのがくる。
それが今日だったんだ、と、
地面が揺れる中で考える。

人間の脳というのは不思議なもので、
火の元や水の心配をする頭の片隅で、
悔いたり、回想することができてしまう。

目を見て話せばよかった。
笑ってあげればよかった。
あんなことを言うんじゃなかった。
あのときの後姿が最後だった。
もっと、他のやり方があったんじゃないか。

今日だったんだ、という
諦めが、全身をふわりと包む。

不満や不始末だらけに思っていた
日常のかけがえのなさを思い知る数秒間。

今日だったんですか、と天を仰ぐ。

私はちょっとは、お役に立てたのでしょうか。

済んでしまったことへの後悔でもなく、
起きてもいないことへの心配でもなく、
今、このとき、を
誤魔化さず生きていたか。
裁定を待つような、
刹那にぽつねんとうずくまる。
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by office_bluemoon | 2015-05-31 06:02 | ほんの習作(掌編・エッセイ他)

my old friend

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夕食を済ませてからふと思い立って、
田んぼを見渡せる丘陵地に向かって車を走らせた。
ヘッドライトを消すと、闇。
怖しい闇ではなく、懐かしい気持ちになる暗闇だった。

少し下げた窓から聞こえてきたのは
競うように、それでもこちらをうかがうように鳴くカエルの声。

カーラジオを消そうと思ったら、トム・ウェイツが聞こえてきた。

人の気配を感じてひかえめに鳴く、カエルのコーラス。
その上に、搾り出すようなトム・ウェイツのヴォーカルとピアノが
ずん、ずん、と重なり闇に沁みていった。

どこで咲いているのだろう。甘い花の香りがした。
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by office_bluemoon | 2015-05-28 15:50 | ほんの習作(掌編・エッセイ他)

ごま油で揚げた天丼

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照りのある、木枠に模様ガラスをはめ込んだどっしりとした引き戸を開くと、
あたたかなごま油の香りにふわりと包まれた。築100年を超えるという歴史を感じさせる柱、
高い天井、奥には二つに分かれた座敷が見えた。高い位置にあるテレビには
相撲中継が映っていて、興奮したアナウンサーがしゃべっていた。
制服を着た白髪の給仕係は、きびきびと歩き回っていた。

この店の名物と聞いた天丼は、15分ほどではこばれた。蓋のついた丼と椀がでん、と
置かれた。漬物も添えられた。丼の蓋からは海老の尾が少しだけ飛び出ていた。

蓋をそうっと開けた。ごま油で揚げた天ぷらは濃い褐色をしている。海老と野菜、おそらくイカと
キスの天ぷらが中央に寄せられて、タレにまぶされてはんなりとご飯の上に盛られている。
海老にまず箸をつける。衣と身が離れないように注意深く噛み切ってすかさず、
タレのしみたあたりのご飯をほおばる。しょっぱさと甘さが渾然一体となった、
見かけほど重過ぎない香ばしさが鼻腔を打った。同時に、記憶のかたまりが
うわっと押し寄せてきた。

子供の頃、家から6,7分ほど歩いたところに蕎麦屋があった。そこでたまに頼む
出前の天丼が、大好きだった。そこに出向いて食べるよりも、なぜだか出前で
届けてもらったほうが格段に美味しく感じられた。この家族経営の蕎麦屋には、近所で
顔の知られたおじいさんが働いていた。うりざね顔で、落語家の誰かによく似た
福顔で白髪のおじいさんは、出前持ちをしていた。

おじいさんがやってくるのは、曲がり角の手前からでもわかった。油切れできしむ音をギイギイとたてる
年季ものの自転車に乗っていた。そのハンドルを片手で持ち、もう片方の手で岡持ちをかかげ、
おじいさんは勢いよく上半身を前後させて立ち漕ぎでペダルを踏んだ。子供好きだった。
道でたむろしていたり、ひとりで歩いている子供をみつけると、ほくほく顔のねずみのような表情で
口をとがらせ「チュウチュウチュウ」、と音を立て子供をあやしてすれ違っていくのが
町内の日常の風景だった。浅野屋、という店だったから、「浅野屋のおじさん」だった。
おじいさんが浅野屋さんの家族だったのか、雇い人だったのかも、いつしか店がなくなり、
コインパーキングに変わってしまった今となってはわからない。

旅先で出会ったこの天丼は、あのおじいさんがはこぶ天丼の味にとても似ていた。
浅野屋はこんな観光地の有名店なんかじゃない、地元の人の食堂代わりの蕎麦屋だった。
私と弟にとってここの店屋物はご馳走で、カツ丼も、ラーメンも鍋焼きうどんも美味しいのだけれど、
白眉はごま油で大きな海老を揚げた天丼だった。勝手口で『おくさん、浅野屋です』と
おじさんの声がすると、走って見に行った。岡持ちの蓋をあけて、どっしりとした丼を
次々と取り出すのを、生唾呑んで見守った(受け取りは絶対にやらせてもらえなかった。
がさつだからこぼすと思われていた)。湯気の立つ丼の蓋を開けて食べるのが最上なのは
当たり前だけれど、ひとりだけ帰宅が遅くなって冷めてしまった天丼でも、美味だった。
冷めてなおごま油の衣の香ばしさは複雑な層になって口の中に広がり、冷んやりとした
固めのご飯と甘めのタレのからみ具合も絶妙だった。

店屋物を取る主導権は子供にはない。だから、大人の都合で、予告なくあらわれる
ハレの食事だった。家族の誰かがいなかったり、今日は楽をしましょう、というときの店屋物だから、
弟と私と、それにいとこや誰か、でこじんまりとコタツにあたりながら食べた。たいてい、テレビの相撲や
プロレス中継、時代劇がつけっばなしで、子どもたちは勝手にしゃべるし、祖母がテレビに向かって
話しかけたり毒づいたりするから、騒々しいことが多かった。

外で自転車に乗ったおじいさんに出会って、下げている岡持ちに丼が乗っていて
浮きあがった蓋の下からみだした海老のしっぽが見えたら
(丼2個以下のときは、外から見える岡持ちを使っていた)、うちのかも?とわくわくした。
ひとりだけ遅く帰ってきたときなどに、洗い終わった丼が勝手口に置かれていたり、
衣の残った海老のしっぽを流しに見つけると、泣かんばかりに悔しがった。

遠くからでもギイギイと聞こえる自転車の音から始まって、ブレーキの音、我が家の鉄柵門を開ける音、
勝手口でおじさんが祖母を呼ぶ声(ここで、子どもたちはコタツの部屋にダッシュして集まる)、
余計な口を利かずおじいさんが岡持ちから取り出す丼、という一連のシークエンスを思い出して
今こう書いているだけで、ごま油の香りが口の中に満ちてくる。ことさらにお愛想を言うわけでもない、
でも嬉しそうに働いているおじいさんが岡持ちをさげ、勝手口に立っている情景が私は大好きだった。

旅先でふらりと入った老舗の食堂は、感銘を受けるほど風情があり、お味も良かった。
そのことよりも、このレトロな食堂は、40年も前の味の記憶と、食事の風景を、驚くほど
リアルに蘇らせるタイムトンネルになった。いったん長い眠りから覚めたイメージと味覚は、
旅の天丼から数日経っても、子供時代に夢中でほおばった味とコタツを囲んだ風景を反芻させ、
私の胃液を搾り出している。「浅野屋のおじさん」が届けてくれたのは、丼からはみ出すほどの思い出と、
幸福な時間だった。
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by office_bluemoon | 2015-01-14 22:52 | ほんの習作(掌編・エッセイ他)

Love thee (「汝を愛せ」)

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よりによって、世界が(どのような形であれ)愛をにわかに叫ぶ日に。
なぜか朝から(正確に言うと前夜から)おろかな失敗が続き、
自分に毒づき続けた。

メールを送ったら、アドレスが一文字違っていて戻ってきてしまった。
まとまった数の印刷をしてから、間違いに気づいた。
見積もった時間がギリギリで、しかも乗った電車が
事故で止まって打ち合わせの相手を待たせてしまった。

もうひとりの自分がいて、年の瀬になると、
一年を振り返ってことさらにダメ出しをする。
ダメ出しプロフェッショナルのそいつに
今日やらかしたことはもとより、済んだことの不手際まであげつらわれ続けていると、
うだつのあがらないまま今年も終わっていくような負け犬気分が満ちてくる。
そうすると、何をするにも気がそぞろで腰が据わらない。
そうした気持ちの隙があると、不注意なミスが続き、自己嫌悪で落ち込み、
また心ここにあらず、という負のスパイラルが完成する。

とどめは、慌ててセーターを脱ごうとしたときに
ネックレスの金具に引っ掛けて派手なかぎ裂きを作ってしまった。
先週母にプレゼントされたばかりのものだ。
母からもらう服はたいてい好みに合わないのだけれど、
これは珍しく気に入って一日置きに着ていたのに。

不注意から、母の気持ちまで踏みにじってしまったようで
ダメ人間の権化のような気分になって
泣きそうになりながら穴をかがる。

手を動かしながら考えた。
もとどおりにできないのなら、でこぼこも味、と思え。
なんなら、目立つ刺繍をしてしまえ。
セーターだけじゃない。
ちょっと難があるからって、捨てるのか?
いくらお粗末でもこの自分でやっていくしかない。
ほころびも、不器用なかがり目も、トータルで愛せ。


かぎ裂きをつくろったセーターは、今、ここにあるものを愛せ、という
啓示を受けたスペシャルな一枚になった。
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by office_bluemoon | 2014-12-25 20:49 | ほんの習作(掌編・エッセイ他)

escape route

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生まれ育った家の壁収納の奥に、木製の小さな隠し階段があった。
コートだの、スーツだのをかきわけて探っていった先に、
急に空間ができて、そこから階段は始まっていた。

昇っていくと、屋根裏部屋に行けた。
そんなものがある理由をちゃんと尋ねたことはないのだけれど、
母親が自分の時間を持つための空間として、
2階建ての家に無理に屋根裏部屋を作らせたのだとなんとなく理解している。
屋根の形のそのままに傾斜した低い天井に、
外から出入りできる窓とベランダがついていた。
壁二面が本棚だった。
壁とカーペットの色は落ち着いた茶系でまとまっていた。
ちょっとしたキャビン、船室のようだった。

階下にいる家族の声やテレビの音は、床を隔てて遠く聞こえた。
下界を見通せる特別な何かになったような気分で、
低い天井を眺めながら寝そべって本を読んだり、ラジカセで音楽を聴いていた。
窓から顔を出せば、ナツメの枝越しに月や星が見えた。

この階段には、寝起きしていた部屋の収納スペースからしかたどりつけなかった。
それなのに、ある程度の年齢になるまでは、いちいちことわらなければ
その階段を使い、屋根裏部屋に出入りすることは許されなかった。
異次元への入り口があるのに、普段はそれを使わずに過ごしているのは、
とっておきの魔法を授けられたようで心躍った。友達にちょっと話せば、
誰もがうちに遊びに来たがった。眠れない夜によく想像したのは、
階段を昇ったら、いつもとは違う世界に着いてしまう物語だった。
アルセーヌ・ルパンの探偵小説にはまり始めたころだったから
いろいろな冒険話を考えた。

最近、その階段のことを、急に思い出した。
部屋の狭い隅にいるのが好きで、
その場所だけを間接照明で照らして本や雑誌を読む癖がある。
こうするとひどく落ち着くのはなぜだろう、と考えるうちに思い当たった。
何年も忘れていた、あの階段が浮かんだ。
この閉塞感は、屋根裏部屋の天井の低い感じにとてもよく似ていた。
活字に没頭しているときの異次元への旅は、
身をかがめて洋服の森をかきわけ、階段をさぐり当てて
屋根裏部屋にたどりつく、あの移動感覚に、重なった。

下戸の人にこんなことを言われた。
「酒が飲めていいね。酒が飲めないと世界はあまりにもダイレクトで、
悲しいことも、嫌なことも、薄めようがない。全部覚えている」
むきだしの現実を忘れて別の世界に逃げ込む手立てが
限られているというのは、それはそれできついらしい。

子供だって子供なりに、生きていくのはなかなか大変だった。
いろいろな理不尽に抵抗したり、逃げ出したいことは
今よりもあったかもしれない。
あの階段が別の世界に今、つながっている。
魔法が今だけ使える。
そんなふうに想像できる仕掛けがたまたま身近にあったことで、
私は確かに救われた。

いつでも逃避できる抜け道をこっそり覚えていれば、何とかなる。
旅や読書、ことによるとお酒に似た愉悦は、あの階段から覚えたのだと思う。
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by office_bluemoon | 2014-11-11 14:34 | ほんの習作(掌編・エッセイ他)

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湯けむりが立ち昇る路溝。
心もとない足元を懐中電灯で照らしながら
しばらく歩いていった道はずれに、
茅葺の駅舎が浮かんだ。

一見、居酒屋のようなアルミの引き戸。
そっと引いてみると、鍵はかかっておらず、
そこは誰もいない待合室だった。

左手奥に、文庫本やコミックがぎっしりと詰まった書架。
黒光りする囲炉裏と、アメ色になった柱時計が歳月を物語っていた。
そのさらに奥の引き戸を開くと、プラットホームに出た。
時刻表で確かめると、のぼりとくだりが1時間に1本ずつ。
線路も一つ。終電は9時台。プラットホームには伝言板があった。

線路がやがて消え入る闇の奥に目をこらした。
その上を歩いていったら
知らないまた別の町に着くのではなくて、
懐かしい人々にまた会える気がした。

そこではきっと祖父母とまだ幼い弟が
テレビの時代劇とかプロレスを観ている。
小学生の私はおせんべいをかじりながら、
こたつで漫画を一心に読んでいる。


今年一番の星空だった。
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by office_bluemoon | 2014-10-22 14:34 | ほんの習作(掌編・エッセイ他)

ひと掬いの

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美しい人を見た。
正確に言うと、
「絶対に美しいであろう」人を
数ヶ月前に見た。

夕刻からの雨がようやく上がった夏の真夜中だった。
通りかかった温泉郷を流れる橋のたもと。
脇道のカーブを緩いスピードで曲がろうとしていた。
寝静まった宿に向かってのそぞろ歩きだろうか。
和服姿の男女の後姿が浮かび上がって見えた。
柳の揺れる川のほとりだった。
ほかにひとの気配はなく、薄墨色の闇の中を
歩み去っていく二人だけが
街灯の薄明かりに黄色く照らされていた。

初老とおぼしき、背の高い男性が着ていた羽織の銀色は思い出せる。
ほかに覚えている色は、橋の欄干の朱色と、妙齢の女性の
うつむきかげんの首筋の白さだけだ。
着物の色は、薄紅だといわれればそうだったかもしれないし、
鶯色といわれれば、そんな気もしてくる。

女性の和服とその着付けが上等であること。
それと、やや傾けた端正な襟足、
そして櫛あともすっきりと結われていた髪は
はっきりと目に焼きついている。
カーブを曲がるところだったから、女性の後姿からこめかみにかけて
斜めに見渡せたが、正面の顔は拝めていない。
伏し目がちの濃いまつ毛が見えたような気もするが、どうも心もとない。

それでも、薄闇の中にぼうっと浮かび上がった
スナップショットは今も目に焼きついている。
瞬時にわかった。
美しい人を見た、と。

粗雑さや、にわか仕込み、下卑たものはそこになかった。
車がカーブを曲がりきってしまうと、
みるみるうちに私はこの橋から引き離されていった。

時間にして、まばたき2回ほど、3秒足らず。
それだけあれば、魔法にかかるには十分だった。
その間、カーラジオの音は消えた。

はかなげな蛍の化身を想った。
漱石の『虞美人草』に登場する、驕慢なファムファタール(運命の女)
藤尾もふと重ねた。

秘すれば花、という。
面立ちも見えなかったあの女性を
なぜ美しいと直感したのか。
たまたま闇に浮かび上がった
その場に漂っていたのは緊迫感なのか、
親密さなのか。
そのときの数秒の画像をいくらリプレイしても
心捉えられた理屈が、さっぱりわからない。
わからないからずっと頭から離れない。

日常では決して出会わない、ひと掬いの時間。
それがこんなふうに、どうしようもない磁力を持つことがある。

不可知なるもの、人への恋慕は、
旅心と似ている。
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by office_bluemoon | 2014-10-15 14:43 | ほんの習作(掌編・エッセイ他)