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Hot ‘n’ ‘Spicy (Steve’s Dinner Club vol.2)

Steve主催のDinner Club第二回。 

パリのポール・ボキューズを修了。
カンヌ、カリフォルニアでレストラン経営の
キャリアを重ねたのち、日本で “cooking siesta”中のMonicaが
腕を振るうMonica’s Mad Mexican Feast。

一期一会にしてしまうには、もったいなさすぎるスペシャリテの数々、
以下はメニューの記録(メニューの翻訳は快楽といってよい)。
テーブルセッティング以降はとても忙しかったため、
料理の写真はデザートまで割愛。

ゲストは20名余。



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招待フライヤー。


ドリンク:
サングリア
ジャマイカン・ティー(ハイビスカス・スイートティー)
アクア・ド・タマリンド(ノンアルコールのタマリンド・ドリンク)

特製フローズンマルガリータ(オレンジ/イチゴ)
 最後にグランマルニエを数ダッシュ
白ワイン
赤ワイン
ウーロン茶

スープ:
ソーパ・ポブラナ (プエブラ産ポブラナチリとコーンのスープ)

前菜:
ナチョス
チップスアンドサルサ
チリコンカン(豆と肉のトマト煮込み)
コチニータ・ビビル 
 (豚肉とユカタン半島産のベニの木の実をバナナの葉で蒸し焼きに)
アステカ・サラダ
 (コーン・チーズ・トマトとコリアンダーのサラダ)
マヤ風リビエラ・サラダ
 (アボガド・ライム・シュリンプ)

エンチラーダ(トルティーヤで巻く):
エンチラーダ・ベルデ (鶏肉のグリーンチリとトマトソース)
エンチラーダ・ロホス (鶏肉の玉ねぎとレッドペッパーソース)
エンチラーダ・ド・モーレ (ターキーのモーレチョコレートソース *甘くない)

ファヒータ(メイングリル。トルティーヤで巻く):
牛肉と玉ねぎのファヒータ
海老と玉ねぎのファヒータ
インゲンマメの二度揚げ
メキシカン・スパイスドライス

デザート:
レアチーズケーキ テキーラとレモン風味
チリスパイス入りチョコレートケーキ (*あとからほのかな辛さが追ってくる)

コーヒー
お茶

マリアッチ・メキシコ民謡・スペイン語オペラ・ジプシーキングスCD提供:
Steve, Charlie, Monica


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bonita, guapa, 麗しのMonica。脇を固めるふたりのAmigo。Steve(エステバン)といんちきホセ。


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ナチョスは、オーブンでかりっとさせてから供される。
冷めても美味しいのだけれど。
ハラペリーニョ(緑唐辛子)はもっとからいのがほしかった。


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メキシコ料理に郷愁すら重ねるのはアメリカ人。
ビーフ・ファヒータが現れると、もじどおり目の色が変わった。
ソンブレロを競ってかぶっての記念写真撮影が続いた。


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チョコレートケーキ。
舌にのせたあと、数種類のチリスパイスが鼻腔を刺激してなお香りが残る。
未体験のセンセーション。


追記:
次回は庭のピザ窯竣工記念パーティー。

(第一回、メルボルンでケータリング・サービスを経営するSteve従妹、
Carleyによるオーストラリア/イタリアングルメの回の備忘録は
こちら)。
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by office_bluemoon | 2011-01-30 15:49 | Dinner Club(ディナークラブ)

序曲

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確かなものなんて何もなくたって
どんなに枝葉が今は乏しくたって
空に届け、身を伸ばせ。

その空の蒼はやがて、慶祝の色に変わる。
哀しみの色なんかじゃないよ。
夢をつかむ前の序曲。
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by office_bluemoon | 2011-01-28 07:41 | 迷路に遊ぶ(おもふこと)

『グリッツ』 エルモア・レナード

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師匠は言う。「簡単にいうと、読みにくい文章が、純文学。
読みやすいのが、エンターテイメント文学」、だと。
三十年以上第一線で活躍する人のお言葉でありながら、不遜にも
本当にそうだろうか、読みやすい文章イコール必ずしも美文ではないのでは、と
ずっとささやかに抵抗をしていた。

和訳で特に手こずるのが、“he said”, “I said”といった
話し手の扱い。描写の視点をどこに置くか。工夫なしにそのまま
訳してしまうと実にくどく、ぎこちなくなる。ごく最近、この師に「描出話法」という
ものを教えられる。一人称でもなく(主人公目線)
三人称(カメラアイ、あるいは「神の視座」。チャンドラーがまさに、そう)の中でも、
直接話法でもなく間接話法でもない、カギかっこでくくられていない
会話文とでもいおうか。その描出話法がだんぜん巧い作家、として
挙げられたのが、エルモア・レナード。この作家は、大流行した90年代に
確か読んだ覚えがあるのだけれど、今は絶版に。中古でやっと入手。
描出話法の処理を知るテキストに、と思った。この話法の処理いかんで
翻訳の巧拙が決まる、とまで言われたら、どうしても知りたい。

読み始めたら、そんなポイントがふっとぶほど惹きこまれた。四時間ほどで読了。
主たるストーリーの殺人事件に何ら新味はなくとも、登場人物のひとりひとりが
キャラ立ちしている。台詞のテンポがとにかく、良い。「これ、誰だっけ?」と
戸惑うこともほとんどなかった。脚本をそのまま読んでいるかのように情景を
浮かべやすいし、台詞の応酬がスムーズ。いい男の台詞には
派手さがなくとも余韻があり、夢のような美女の言葉には仇とウィットが。
あばずれも、頭がからっぽのキンピカのヤクザも、マザコンでおたくな殺人鬼も
活き活きしていて実に魅力的だった。
 
どれが描出話法だったのかをチェックするのを忘れるほど
すらすら読めるということは、違和感なく日本語に処理され、こてで表面がきれいに
ならされている、ということ。原書も魅力的なのだろうが、
それを活かしきった翻訳もさすが大御所。英語を読んですっと台詞が理解できても、
その人物「らしさ」が現れることばを的確に選び、登場人物だったらこう話すであろう
リズムを再現できるのは、語彙力が豊富であればこそ。そしてその人物の
人生哲学のようなものまで洞察できていなければ、キャラクターはこうは立たない。
また、二十年前の作品でも日本語が古く感じられない。往々にして、恋のさや当て的部分は、
古い作品だとダサくなりがちなのに、この作品はいまだ小粋。
泡のように消えてしまう流行言葉を軽はずみに使ってしまうと、こうはいかない。

作者の真意を紐解こうと、山道を分け入るように行きつ戻りつして、
思索を愉しむ読書がある。だが、ディズニーのアトラクション、ローラーコースター的に、
息つく間も与えず、最後までぐいぐいひっぱられたい読書も確かに、ある。

師の言う通りなのかもしれない。日本語の担い手として読者を喜ばせるには、
どちらの文体にも対応できるに越したことはないのだ。やっと開眼。
すべてが芸の肥やし。


* 追記。
主人公のために美女が作るブラディ・メアリー、そしてマティーニを飲むシーンが
映画だったら、すこぶる見せ場。
それと、タマネギをしっかり炒めたサブマリーンドッグを
夜更けに食べたくなって、困った。



(2010-B5-0126)
































































グリッツ (文春文庫)

エルモア レナード / 文藝春秋

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by office_bluemoon | 2011-01-27 08:43 | こんなもの、読んだ(本・雑誌)

光あれ

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果たせぬ約束、返せぬ恩がこんなにもある迷いびとにも、
一日の終わりをただただ
ことほぐ光、光、光。
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by office_bluemoon | 2011-01-25 07:06 | 迷路に遊ぶ(おもふこと)

『下駄で歩いた巴里』 林 芙美子

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約80年前の日本の女性が、こんなにまで堂々とした一人旅をしていたとは。

『放浪記』がベストセラーになった林芙美子は、下関から連絡船に飛び乗る。
三等列車で哈爾濱(ハルピン)・西比利亜(シベリア)を経て巴里へ。
巴里と倫敦では下宿を借り、下駄の音高らかに街を歩く。

帰路のお金もこころもとないほどの、気ままな道行き。揺るぎなき
楽観主義に支えられた痛快な紀行集。
シベリア・ヨーロッパ旅行のほかにも
摩周湖、下田港、京都・奈良・大阪といった国内紀行も本編に収録。



哈爾濱であけびの籠を買ってそれに毛布や葡萄酒、
リンゴやバターやパンを詰め、西比利亜に向かう列車の三等車に乗りこむ。
ことばはもちろんできない。だが、そこで知り合う「随分と人のいい貧乏人」たちへの
まなざしは柔らかく、優しい。満州事変を前に情勢が緊迫する地帯を
夜もすがら列車は通り過ぎたときも、「私は戦争の気配をかすかに耳にしました。
空中に炸裂する鉄砲の音でしょう」と情緒に流れ過ぎることなく、
日記を綴っていく理知が小気味良い。

原稿をかかえて仕事はかどらず、「今日も終日無為、顔そむけたし」と呻吟する日々が
続くことも。それでも、旅を通して、書き続ける人生への覚悟をひとりごちている箇所の
凛々しさに、こちらの背筋も伸びる。

「人間は、捨身になって仕事に溺れるべきだ」
「小説を書いていると、恋びとが待ってくれているように愉しくなる」
「私はいったい楽天家でしめっぽいことがきらいだが、
そのくせ孤独を全我としている。私の文学はあこがれ飢えることによって、
ここまで来たような気がする。いまでも、私の目標は常に飢え、常にあこがれることだ」



食事についての記述は中々に痛快だ。
車中で「歯の砕けそうに冷たい林檎」をかじっていたかと思えば、
天津ではすきやきの買い出しをして仲間と肉をふんだんに食べ、
モスクワの一流料理店で高価な黒いイクラをごちそうになり、
巴里のホテルのサロンでコニャックを愉しみ、マルセーユでは
牡蠣にレモンをしたたらせて喉を鳴らす。

文明国家とはまだ目されていなかった戦前の日本に、
ヘミングウェイと同時代の巴里の空気を知り、こんなにも
磊落に本分をまっとうした女性がいた。
自分探し、などで答えがみつからないのを、不確実な時代や
経済の混迷のせいにすることはよもや、許されない、と思った。










(2010-B4-0121)




















林芙美子紀行集下駄で歩いた巴里 (岩波文庫)

岩波書店

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by office_bluemoon | 2011-01-24 00:35 | こんなもの、読んだ(本・雑誌)

"It's big and low!!"

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"It's big and low!!"と、
友人からメールが届く。
読んでいた書類を置いて、空を探す。

写真を一枚撮ってほうぼうにいる
月ともだちにメールで送る。

満月の夜はとてもいそがしい。
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by office_bluemoon | 2011-01-20 09:58 | ぜんぶ月のしわざ

『料理人誕生』 マイケル・ルールマン

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いかなる最新のテクノロジーをもってしても、どんなに微細な記述が残っていても、
いにしえの名匠たちのアウトプットを再現し得ない、一期一会の最たるもの。
それが料理ではないかと思う。

その料理をアメリカで学ぶための最高峰に、CIA、と呼ばれる全米トップの
料理専門学校、100人を越えるシェフ講師陣を擁する米国料理学院
(Culinary Institute of America)がある。
この本は、取材のためにCIAに体験入学したフリーランスライターの
マイケル・ルールマンが、衛生学からスープストックの作り方、肉の火入れ、
カラメル化の理論、ベーカリー、そして給仕に至るまで、食に関するあらゆることの
カリキュラムを二年間、みっちりこなしていく中で、料理の面白さに目覚め、
卒業するまでを記録したルポルタージュ。
ルールマンはこの作品以降も料理熱が冷めやらず、
いくつかのキッチンでシェフとして実地経験を積み、
今も次々と著書を発表している。

ハイライトのひとつが、取材者の地位に甘んじていたはずのルールマンが、
記録的な吹雪の朝に授業を欠席する、と電話をしたときの講師の返答に触発され、
「目にもの見せてやる。何が何でも俺は料理人になってやる」、と奮起するくだり。
こんな日に車を出すのは到底無理だ、というルールマンに、料理長は静かに答える。
「シェフというものは、どこかにいかなければならないときは、何が起ころうが、
必ずそこに行く。君はそもそも(料理人とは)仕立てが違うんだよ」

厳しいカリキュラムをこなしていく日々を彩り豊かにしてくれているのが、
さまざまな職歴、年齢、国籍を持つ同級生たちと、
各科目の料理長たちの湯気越しの素顔。何が彼らを料理に向かわせたかを追っていく
パーソナルヒストリーの数々。煮込み料理のベースとなるルウでは、「ブラウンルウ」と
「ブロンドルウ」のどちらに重きを置くのか、を専門家に問い、その料理人の料理観・
価値観を見極める試金石にするくだりは、上質のミステリーを紐解いていくよう。
料理人としてのパッションを維持し技術を熟達させながら、ライターとしての客観性を
終始失わなかったルールマンのバランス感覚には喝采を送りたい。

全米、いや、もしかすると世界に君臨する料理の聖地をつかさどる、
CIA校長メッツ氏が料理で伝えられることについて語ったことばは、
すべての表現活動に敷衍できる。

     基本原理の理解、情熱、そしてバランス―これが私の考える三つの要素だ。
     (中略)ジャガイモをどう調理するか、それはある種の同義、価値観につながることなのだ。
     われわれは皿に価値観を盛るのだ(中略)君が料理に加えるのは、
     品質にたいする君自身の価値観なんだ。


なるほど、料理は、化学であり、物理であり、経済学であり、哲学であり、マーケティング、
そして価値観を表現するアートであり、愛情の発露でもある。そして、料理人たちは、
永遠に手の届くことのない「完璧」に、自分が日々近づいていくことだけを信じて、
身に付けた技術を明日も、あさっても、忠実に再現し続ける。

色鮮やかな生鮮食料品が並ぶなじみのマーケットにたたずむ時に、すっと差しだされた
白い皿の上のしつらえに、日々襟を正して向き合えるようになる、濃密で、
文字通り垂涎の文字が躍る香ばしい良書。
もっとも、料理の真の完成は、供された皿を囲む場のしつらえ、
もてなすあるじの佇まい、客のひとりひとりが織りなしていくたおやかな時間、
すべてが動員されて成り立つ。どれひとつとて、おざなりにはできないし、
軽んじてはならない。ことほどさように、料理ほど、あるいは食事ほど、
やはり再現不能で一期一会のものはないのである。

渡辺葉さんの翻訳も、テンポ良く読みやすい。著者に劣らぬ料理へのパッションを
持つ翻訳者に出会えた希有な好マリアージュに立ち会えて、嬉しい。


おまけ:メッツ校長が朝食に好んで作らせる、
ウズラの卵とキャビアのピザにシャンパン。この組み合わせ、絶対美味しいはず!




(2010-B2-0108)





















料理人誕生

マイケル・ルールマン / 集英社

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by office_bluemoon | 2011-01-16 23:57 | こんなもの、読んだ(本・雑誌)

2010年Book & Cinema 総括

昨年の読書・映画生活を駆け足で。

【読了した本の数】
(和書・洋書計。再読も含む。ただし、年内の再読は1冊と数える)
83冊

【観た映画の数】
35本

【反省点】
本、決して多くはない。今年は100冊届かず。届かなかった理由は2つ。

1)電車に乗る機会が昨年より減った(実は最適な読書時間だった)。
    夏に読書椅子を購入以降、 ピッチがあがる。

2)読書会や勉強会課題、シノプシス資料など、
    一冊を精読しなければいけない時間が増え、足踏みする結果に。


映画は昨年比増。それでも、たったこれだけ?と思った。
映画好き友人に借りたり、ミニシアターで、など自宅以外で観る機会も増えた。



一目二目も置いている高感度友人たちのインプット、
そして今年は特にbook circleの仲間たちのおかげで、
読みたい観たいリストが切れることがなかった。


【今年こころがけたいこと】
・読むことが仕事、と思いこむ
・100冊、といわず、来年は必ず3ケタに載せる。もっと洋書を
・翻訳小説以外から、美しい文体を意識して学ぶ(でないと、翻訳調が普通だと思ってしまう)
・読書・映画のための時間の捻出。時間の間仕切り(だらだらと仕事しない)

琴線に触れたものはほとんどブログで紹介済みではあるが。以下、備忘録として。




【書籍十選(ビジュアル書籍を除く)】
順位順ではなく、観た時期順。
つまり、アルファベットに続く番号は、年初からの通し番号。


B28  Let the Great World Spin  Colum Mccann
B34  1Q84 Book3 村上 春樹

B39  The Movable Feast  Earnest Hemingway
* この作品に流れる精神性みたいなものが、2010年の重低奏音でありつづけた。

B46 死の蔵書  ジョン・ダニング 
* シリーズ一作目。これですっかりまいってしまい、「幻の特装本」 「失われし書庫」「災いの古書」と続く)

B58  翻訳の基本  宮脇 孝雄 
* 「翻訳家こそ、もっと遊べ」とな!

B60  利休にたずねよ  山本 謙一

B71  音もなく少女は  ボストン・テラン
* 数十年に一冊、の美(翻訳)文体だと思った。現在、2010年翻訳ミステリ大賞有力候補。

B76 夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです  村上 春樹
* 海外メディアによる村上春樹インタビュー集。
雑誌 考える人 以来、早朝に起きて、筋トレをして、掃除をやおら始めて、
なんとか「書く人」の生活の輪郭だけでもなぞろうとした。最後のひとしずくまで、
読み終えてしまうのが惜しかった読書体験。

B81 アフォリズム  ロバート・ハリス
* 長年大レスペクトしていた作家に発売前の本を携えて私的朗読会をやっていただくなんてこと、
わが人生に起こるなんて。

B83 選択の科学  シーナ・アイエンガー
* コロンビア大学ビジネススクールで教鞭を取る作者の主張は4つ。

1. 人生は選択の集積であること
2. アメリカでは選択は権利であり力であり、快感であること
3. 一方、選択肢が多いことが必ずしも幸福ではない
4. 価値体系(宗教など。例:戒律の厳しい原理主義など)が変わると、
選択肢があらかじめ狭められているほうが幸福度が増す場合もある

作者はインドからの移民でシーク教徒の両親のもとに生まれ、
高校の時に視力を失う。アメリカでは「選択」は力であり、
社会構造に織り込まれていることを意識せざるを得ず、
これを研究のテーマにすることを思いつく。

彼女の研究で有名なのが、『ジャム理論』。
スーパーの試食コーナーで、ジャムのサンプルを24種類並べた場合と
6種類並べた場合の買物客の行動を比較する。
大方の予想に反して絞り込んだ6種類から試食した買物客のほうが
より多く実際にジャムを購入し、売上も高かった。
この研究は一躍注目を集め、マーケティングや広告手法に応用されている。

また、敢えて最終決定権を与えないことが
幸福である特殊なケースとして、挙げられているエピソードは
示唆に富む。

難病に罹った我が子に延命措置を行うか
判断せざるをえなくなったとき、
親の最終決定による安楽死と、
医師の指示にしたがった安楽死とでは、
両親の後悔の残り方とその後の生き方に差異が出る。
我が子の安楽死、という結果は同じでも
医師のサジェスチョンにより
余儀なくそうした、という形をとった両親のほうが
その後子供の死を乗り越えて前向きに生きられことが
わかったのである。
この研究は、医学におけるインフォームド・コンセント
(納得治療)や生命倫理の分野に影響を与えると
みられている。


なるほど、MBAのコースが文系学問のなかでも
最も学際的であるわけだ。こんなに面白いのなら
もっと勉強するんだった。



【映画十選】
同じく、順位ではなく、読んだ時期順。
つまり、アルファベットに続く番号は、年初からの通し番号。
 

C1 それでも恋するバルセロナ
C6  コレラの時代の愛
* ハビエル・バルデムに終始した、2010年。

C13  Ashes and Snow
* 映像は言うまでもなく。日本語版の翻訳と渡辺 謙のナレーションに繰り返し、
鳥肌が立ち、こころ震えた。

C15  マンマ・ミーア!
* 70年代ポップミュージックは大嫌い(アバとかバリー・マニロウが聞こえてきたら
裸足で逃げ出すタイプ)な人と一緒に観たのだが、この人も最後まで魅了されてしまったのが痛快。
メリル・ストリープってすごい。
映像の色がきれい。また、どの歌の内容もストーリーにちゃんと沿っているのもすごい。

C21  風の歌を聴け
* 1981年の映画。小林薫、真行寺君枝主演。あの小説を映画化するなんて、と
高をくくって観はじめたが、あにはからんや、良かった。
昭和の空気感を、平成のいま観るノスタルジアの魔法なのかもしれないけれど。

C22  ジェイン・オースティンの読書会
この映画の読書会、book circleで織りなすテイストが好き。
日本の読書会とはどこが質感が異なるのかを、まだ言葉にできないけれど。

C23  おとうと 
C24  ファッションが教えてくれること 
C29  シャネルとストラヴィンスキー 

C35 スパニッシュアパートメント 
* バルセロナで体験する、七か国から集まった友人たちとの共同生活。エリートコースに乗るために
スペイン語を、と留学を選んだ主人公が、最後にとった選択が痛快(やっぱり人生にブンガクを!)。




まだまだ知らないこと、観たこともないことが多すぎる。
時間との勝負。











































選択の科学

シーナ・アイエンガー / 文藝春秋

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by office_bluemoon | 2011-01-08 00:08 | こんなもの、読んだ(本・雑誌)

a solo flight


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単独飛行を愉しめる
自由と強さ。覚悟。


飛ぶのはひとりでも、
観てきた空の美しさについて
語り合える同志がいる幸福。






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by office_bluemoon | 2011-01-03 12:32 | 迷路に遊ぶ(おもふこと)

vibration

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痛いほどの北風。
曇る白い息。
踊る光のカーテン。

爆竹。
汽笛。
歓声。
となりに居合わせた人のぬくもり。
抱擁。

二度と戻らない
今この一瞬、を
ひとつひとつ。
惜しみなく。

丁寧に、風雅に。
そして、
ウィットをちりばめて。
ふふん、と軽妙に。
洒脱に。
たまに、
ひと騒がせに。
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by office_bluemoon | 2011-01-01 00:00 | 迷路に遊ぶ(おもふこと)