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離れ

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特高警察に再びとらえられるまで、小林多喜二が身を潜めていた
温泉旅館の離れ。居間からの借景。

毎晩、駐在が尋ねにきても、この離れに客人がいることを
宿の人はひとことも言わず、巡査にお茶を出して世間話をして返したとか。
このときの女将は死ぬまで多喜二のことは黙りとおし、
ここにかくまっていたことが世間に知れたのは、
2001年になってからとのこと。

築地署に連行され、亡くなったのは1933年。享年29歳。

鉄の意志と若き楽天、孤独はどれほどのものだったか。

前夜に観た高倉健の映画が重なった。
一途な昭和を想った。
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by office_bluemoon | 2014-11-25 12:06 | こころ、泡立つ(events)

訳書が出ます。「ビジュアル大宇宙」 ジャイルズ・スパロウ

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宇宙関連書籍の翻訳を担当しました。

「ビジュアル大宇宙」 ジャイルズ・スパロウ
宇宙の見方を変えた 53の発見 上巻
太陽系の謎に挑んだ47の発見 下巻
(日経ナショナル ジオグラフィック)

ビッグバン理論、ダークマター、相対性理論、
ニュートリノ、ガンマ線バースト、宇宙の終わり、
個性豊かな太陽系の星たち。

こんな話題を1章ごとにひもとく、
どこからでも読み始められる写真の美しいビジュアルブックです。

監修は、国立天文台の渡部修一先生です。


宇宙の歴史、約137億年。
その謎に、3000年かけて立ち向かった人類の時空の旅。

見かけられたらどうぞお手にとってご覧いただけましたら嬉しいです。

上下巻で、11月末発売のようです。
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by office_bluemoon | 2014-11-19 07:25 | 訳書

escape route

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生まれ育った家の壁収納の奥に、木製の小さな隠し階段があった。
コートだの、スーツだのをかきわけて探っていった先に、
急に空間ができて、そこから階段は始まっていた。

昇っていくと、屋根裏部屋に行けた。
そんなものがある理由をちゃんと尋ねたことはないのだけれど、
母親が自分の時間を持つための空間として、
2階建ての家に無理に屋根裏部屋を作らせたのだとなんとなく理解している。
屋根の形のそのままに傾斜した低い天井に、
外から出入りできる窓とベランダがついていた。
壁二面が本棚だった。
壁とカーペットの色は落ち着いた茶系でまとまっていた。
ちょっとしたキャビン、船室のようだった。

階下にいる家族の声やテレビの音は、床を隔てて遠く聞こえた。
下界を見通せる特別な何かになったような気分で、
低い天井を眺めながら寝そべって本を読んだり、ラジカセで音楽を聴いていた。
窓から顔を出せば、ナツメの枝越しに月や星が見えた。

この階段には、寝起きしていた部屋の収納スペースからしかたどりつけなかった。
それなのに、ある程度の年齢になるまでは、いちいちことわらなければ
その階段を使い、屋根裏部屋に出入りすることは許されなかった。
異次元への入り口があるのに、普段はそれを使わずに過ごしているのは、
とっておきの魔法を授けられたようで心躍った。友達にちょっと話せば、
誰もがうちに遊びに来たがった。眠れない夜によく想像したのは、
階段を昇ったら、いつもとは違う世界に着いてしまう物語だった。
アルセーヌ・ルパンの探偵小説にはまり始めたころだったから
いろいろな冒険話を考えた。

最近、その階段のことを、急に思い出した。
部屋の狭い隅にいるのが好きで、
その場所だけを間接照明で照らして本や雑誌を読む癖がある。
こうするとひどく落ち着くのはなぜだろう、と考えるうちに思い当たった。
何年も忘れていた、あの階段が浮かんだ。
この閉塞感は、屋根裏部屋の天井の低い感じにとてもよく似ていた。
活字に没頭しているときの異次元への旅は、
身をかがめて洋服の森をかきわけ、階段をさぐり当てて
屋根裏部屋にたどりつく、あの移動感覚に、重なった。

下戸の人にこんなことを言われた。
「酒が飲めていいね。酒が飲めないと世界はあまりにもダイレクトで、
悲しいことも、嫌なことも、薄めようがない。全部覚えている」
むきだしの現実を忘れて別の世界に逃げ込む手立てが
限られているというのは、それはそれできついらしい。

子供だって子供なりに、生きていくのはなかなか大変だった。
いろいろな理不尽に抵抗したり、逃げ出したいことは
今よりもあったかもしれない。
あの階段が別の世界に今、つながっている。
魔法が今だけ使える。
そんなふうに想像できる仕掛けがたまたま身近にあったことで、
私は確かに救われた。

いつでも逃避できる抜け道をこっそり覚えていれば、何とかなる。
旅や読書、ことによるとお酒に似た愉悦は、あの階段から覚えたのだと思う。
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by office_bluemoon | 2014-11-11 14:34 | ほんの習作(掌編・エッセイ他)