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Reading All Around the World ― 読書で旅する世界 2015 上半期

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宣言以降、
上半期読了五十冊ちょっとの中から、
アメリカ人作家以外の著者によるものを、抜き出してみる。



#1. 『罪悪』 フェルディナンド・フォン・シーラッハ  酒寄 進一訳(ドイツ)

そもそも、このReading All Around the World を思いつく
きっかけとなった作品。
友人から大推薦されて初めて挑戦した作家。

古典しか馴染みのなかったドイツ文学、しかも読後感が重い、と
聞いていて緊張しながら手を取った。
おりしも、中東での日本人ジャーナリストの生存を賭して、
不条理このうえない、不気味なかけひきが行われていた真っ最中だった。

現実と虚構のあわい、夜の片隅で。
人の真髄にあるのは果たして善なのか、悪なのか。
投げ出したくなるような問答が頭の中で堂々巡りする。
苦しい、辛い、真夜中の読書になった。だけど、ページを繰る手が止まらず
夜はさらに更けていった。

作者のシーラッハは弁護士。祖父がナチ関係者だったことも手伝って
人間の業(ごう)を淡々と見つめる客観的な目を育てたのだろうか。

ほんの「もののはずみ」、で犯罪に手を染め、その暗い淵にただ落ちていく
どこにでもいる人々を描いている。そのはずみというのは、
誰にでも覚えがある、ちょっとした気の迷いや、感情のほとばしりだ。
判定をくだすでもなく、同情するでもなく、
あくまでも淡々とストーリーが進んでいく語り口がまた、
背中をひんやりとさせる。

人はなぜ読書をするのだろう。

正の共感ばかりではない。
負の共感を生きる勇気に変えるために、敢えてページを繰る読書もあるのだ。


#2. 『若きウェルテルの悩み』 ゲーテ 高橋義孝訳(ドイツ)

読書会の課題本として再読。ストーカー殺人、と言う言葉が生まれるはるか昔の、
「純愛」セイシュン小説。そろそろ現代気質に即した新訳が出ても良い様な気がする。


#3. A Long Way Home  Saroo Brierley (オーストラリア/インド)

インドで貧しい家に生まれた5歳の少年、サルーはある日、
家の近くの駅で列車に乗り、兄とはぐれてしまう。
字が読めないサルーには知る由もなかったが、いくつかの昼と夜をやり過ごして
到着した終着駅はカルカッタ。その大都会で、よるべもなく、知恵をフル回転して
けなげな宿無し生活を送っていたが、やがて孤児院に送られる。
ひょんなきっかけからオーストラリアに住む夫婦に引き取られる。

タスマニアでサルーは幸せに育てられて大学も卒業するが、
育ててくれた家族や土地の記憶は決して忘れまいと心に決めていた。

あるとき、インターネットを使えば、自分の記憶の断片をたよりに
生まれた町を探し当てられるのではないかと気づく。そして、FacebookやGoogle マップを
駆使して実際に生まれた町を探し当て、
家族と感動の再会を果たした、という実話。
事実は小説よりも奇なり。ネット社会がもたらした、現代の実話ファンタジー。


#4. 『イスラム国テロリストが国家をつくる時』 ロレッタ・ナポリオーニ 田村源二訳(イタリア)
#5. 『ならず者の経済学』 ロレッタ・ナポリオーニ 田村源二訳(イタリア)

無知は得体の知れない恐怖を生む。
その恐怖を断ち切りたくて、
そもそも、イスラム国とは何か、というのを知りたくて、たどり着いたこの二冊。
イスラム国に限らず、ダークな財源をいちはやく見つけて台頭したダークな人々の
暗黒の近代経済史ダイジェスト。

イタリアンマフィア、"ンドランゲタ"は911後の世界でマネーロンダリングを逆手に取り、
世界の犯罪の御用聞きに成り代わった。イタリアンマフィアだけではない。
ダイアモンド、児童ボルノ、バーチャルライフ、麻薬、マグロ漁、コピー製品、医薬品。
濡れ手に粟、の商機は身近なところにいくらでもころがっている。

犯罪もボーダーレス。IT革命も、テロリストや犯罪者はかろやかに使いこなす。
なにごとも自分の頭で考え、判断しないと、泣きを見る。


#6. 『千の輝く太陽』 カレード・ホッセイニ  土屋政雄訳(アフガニスタン)

読書会で勧められて。
私のあたり前、は、世界のあたり前ではない、というのを痛感。特に女性として。
私生児として生まれたマリアムの、流転の人生。男性社会と宗教と、社会通念と、
国家の不条理と闘い続けた一人の女性のクロニクル。
生まれと性別で、人生のスタート地点から日本女性が辛酸を舐めていた時代はそんな遠くではない。
女が何のとがめもなく学問をしたり、本を読めるこの世の、なんと有難いことよ。


7. 『日の名残り』 カズオ・イシグロ (イギリス) 土屋政雄訳

ベテラン執事がその三十年のキャリアをふりかえりながら、品格とは、
プロフェッショナルとは、という矜持を告白する回想録。ただそれだけなのだが、
抑制したモノローグの中に、主人への愚直なまでの忠誠心、
時代遅れになりつつある確固とした紳士道がブレずに脈々と流れる。
ところが最後にそれがはからずも、
ほころびを見せたような、見せなかったような。

手入れの行き届いた銀器に光を翳してみて見つける、
細かな無数の傷のような、静かな静かな痛み。

カズオイシグロの筆の達者さは言わずもがな、
土屋政雄氏翻訳の、違和感ない執事言葉に、唸る。
原文と並べてみて、さらに唸る。

いるいる、こういう執事の人(お芝居でしかしらないけれど)、と、
さらりと読めてしまう。
だけどその裏には、涼しい顔をしていながら水面下では懸命に水を掻く
白鳥さながら、ものすごいこだわりと技が隠れている。
『千の輝く太陽』も、同じ土屋政雄氏の翻訳。


#8. 『月を見つけたチャウラ ビランデッロ短編集』 ルイジ・ビランデッロ 関口英子訳(イタリア)

ノーベル文学賞受賞作家、ビランデッロの名作短編を、
イタリア語翻訳者の関口英子氏が厳選した短編集。
関口氏はこの作品で、第一回須賀敦子翻訳賞を受賞。

とっつきにくかったイタリア文学、それも短編が、軽妙に読めるようになったのは
ひとえに関口氏の功績だと納得。冒頭の数行でもう漂ってくるしれっとしたユーモア。
宙ぶらりんの不条理、破天荒なスーパーリアリズムは、決して嫌いではない。
話は突飛もないけれど、あぶなげない、親しみやすい日本語のおかげで安心して読める。
外国文学が身近なものになり得るのは、こうした匠がいるからこそ。
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by office_bluemoon | 2015-06-14 20:15 | こんなもの、読んだ(本・雑誌)

やおよろずの

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島影の一番奥、三角形の島が神島。
三島由紀夫『潮騒』の〝歌島〟のモデルになった島。

神々が伊勢に集い、一年のうち一ヶ月だけ出雲に行く話を
高校一年生の春に習った。
神様がぞろぞろと伊勢神社と出雲神社を行き来するだなんて、
楽しそうだと思った。
そのうえ、へそを曲げて立てこもったり、やきもちを焼いたり、焼かれたり、
やけに業の深い神たち。
語り継がれた神話の、くっきりとした線の太さに強く惹かれた。

それから何年もあとになって、三島由紀夫の『潮騒』でふたたび、
伊勢志摩に出会った。ふたたび、この土地と神話のイメージが重なった。
三島らしからぬこの作品の屈託のなさは、胸が苦しくなるほど。

やおよろずの神と共にある暮らしは実は、
今も連綿と続いているのだけれど、
雑多なものやことがらに囲まれた日常に戻ると、
そこかしこにいるはずの神になかなか気づけない。

神々はきっと何かの化身となり、あいかわらず踊ったり、
隠れたり、追いかけっこをして、さざめいている。
宿っている。
湯気立つティーカップとか、笹揺らす風とか、埃積もる書架のかたすみとか、
ナイフをいれたレモンとか、着古したシャツの匂いとか、雨上がりの水たまりの中に。

健やかな笑い声のように、遠くの波間に光、煌く。
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by office_bluemoon | 2015-06-09 14:52 | こころ、泡立つ(events)