office bluemoon

<   2015年 09月 ( 5 )   > この月の画像一覧

木曽路(『夜明け前』)

f0205860_8145928.jpg





「木曽路はすべて山の中である。」

島崎藤村『夜明け前』の、木曽路に。

木曽から出たことのない主人公。
世間を見たくて目指すのは、
黒船の興奮冷めやらぬ相州三浦、横須賀。

開国を迫ったペリイは、浦賀で国書が手渡せなかったら江戸へ向かう、と
浦賀の奉行を脅す。ペリイは威嚇のために近辺の湾を測量士、放った
艦隊は観音崎から走水にまで達する、と。

何かが起こる。日本の『夜明け』を予感して旅立ち、行動を起こし、
明治維新に望みを託す登場人物たち。
齢六十の声を聞く田舎医師ですら、商機をつかもうと
横浜から木曽まで 12日間で踏破する。

それから150年余。
その相模の国から木曽にふらふらとやってきたから、
江戸の遠さ、主人公の焦り、覚悟の深さが、
なおさら身に沁みる。
[PR]
by office_bluemoon | 2015-09-29 08:19 | こんなもの、読んだ(本・雑誌)

Reading All Around the World ― 読書で旅する世界 2015 第3四半期

f0205860_8465532.jpg




英語または日本語に訳された世界文学でわたる時空旅行。
Reading All Around the World の2015年第3四半期。
7月~9月は3冊。正確には上下巻が2組だから、5冊読了。
ここまでのルートはドイツ→オーストラリア/インド→イタリア→アフガニスタン→イタリア→中国
→アメリカ(ロシア?)。


#9/10 『薔薇の名前』 上下巻 ウンベルト・エーコ 河島英昭訳 (イタリア) 

西欧文化を語るうえで身につけておくべき三大知識。
それは、聖書・ラテン語・スターウォーズの知識、だと常々考えていた。
そのうちの二つを網羅するこの作品、ずいぶん前に冒頭数ページで挫折して以来、
未踏破の霊峰のように心の中に聳えていた。20年ぶりの挑戦、読了。

再認識したのは、三大知識の根底にある西洋史・宗教史の知識が
そもそも自分には欠けていたこと。このベースがあったらもっと、エーコが
中世ヨーロッパの修道院を舞台に繰り広げるこのミステリーはもっと楽しめたはず。
これでもまだ、時期尚早だったか。

歴史的背景に加え、登場人物・人間関係もこみいっていて、
短期集中で読まないとプロットを見逃したり、忘れてしまう。
物語のうねりに取り残されると、
犯人が殺人を犯さなければいけない理由がいまひとつ腑に落ちない。
もうひとつ、『ダ・ヴィンチ・コード』のダン・ブラウン登場後はこうした、歴史を題材にした
ミステリーに慣れてしまったこともある。

それでも、身の丈で楽しめた点がいくつか。

特殊な舞台装置の中で共感できたのは
紙の書物への偏愛。文書を翻訳し、広め、保存する任を担った者の確執。
それと、登場人物の芝居がかった長広舌。
その口調を活かしてこそ伝わる中世の雰囲気、いかがわしさ、があると思う。
反面、独特のまがまがしさが読者のハードルを上げてしまった。
わかる人にはわかる、万人に理解してもらうことを碩学の人、
エーコが端から放棄しているのならば、
それでいいのかもしれないけれど。

原書で登場人物が話すラテン語をカタカナにする
工夫も興味深かった。話法の勉強になる。



#11/12 『自由生活』 上下巻 ハ・ジン 駒沢敏器訳 (中国)

夭折が悔やまれるライター、駒沢敏器氏が遺した数少ない翻訳小説。

アメリカの大学院で勉強し、学位をとって中国に戻れば将来が
保証されていた、主人公のウー・ナン。
ところが大学院在学中に起きた天安門事件の報道を知ったナンは
中国政府に絶望し、専攻の政治学にも興味を失い、学業を放棄する。
エリート候補生だった主人公がアメリカでいわば社会の底辺の仕事、
守衛やウエイター、コックの仕事を
得ながら、妻と子供との生活を支えるために懸命に英語を覚え、家を買い、
自分たちの店を手に入れる。
ところが、夢見たものをすべて手に入れ、生活の心配事もほぼなくなったか
のように見えたナンには、まだ満たされていない、逃げ続けてきたことがあった。

手に入れたのは、アメリカン・ドリームなどという手垢のついた言葉ではない。
何ものにもとらわれない、何を言い訳にもしない、魂が駆り立てることに打ち込める
「自由生活」。光に向かって歩き続ける青年の物語。

天安門事件を機に体制批判をしたことで
政府のブラックリストに乗せられてしまった。
この冒頭から、何かものすごい事件が起きそうな緊張感が漂う。
ところが予想を裏切り、奇想天外なできごとよりも、一見ありふれた身の回りの出来事、
人との出会いからナンの日々が紡がれていく。小さな変化が重なり、
大きな変化へと繋がる展開に無理がない。
些細な出来事の積み重ねを経て、ナンが父として、夫として確実に成長していく様が
淡々と描かれている。それでいて普遍的で壮大なビジョンクエストになっているところに、
とても好感が持てた。上下二巻でも間延びしていない。

主人公ナンが乗り越えたのは、母国、アメリカ、
言葉、そして自分自身の中にあった、限界(と思えたこと)の壁だ。
闘いの果てにたどりついた真理は、信じた道を進むこと。
どんな変化や圧力、にも動じない、責任転嫁をしない、
自分の孤独を引き受けること。
余儀なき loneliness と 自発的な solitude は違う。

ナンは独り、小船を漕ぎ出した。
母国語ではない言葉で人々に強い力を与える
文学の海原、詩の世界に。
おずおずと、畏れながら。
それでも、喜びを噛み締めながら。

あまり流暢でないナンの英語を、カタカナ交じりで表記する手法が
この作品でも巧みに使われていた。

作者のハ・ジンは1955年ハルピンに生まれる。その後奨学金を受けて渡米、
帰化した半生は、主人公ナンとほぼ重なる。
ジンにとっても母国語ではない、英語で書いた作品を1990年に初めて発表。
97年のフラナリー・オコナー短編賞受賞を皮切りに
全米図書賞、、PEN/ヘミングウェイ賞など文学賞を多数受賞している。

出会えてよかった、と思える作品。


#13  『ロリータ』 ウラジミール・ナボコフ (ロシア) 若島正訳

読書会の課題図書だったので読む。
ロシア生まれの亡命作家ナボコフが、英語で書いた作品。
この言葉を知っていても、あらためて作品に向き合い、
読んでいる人は周囲でそれほど多くなかった。

意外だったことが、二つ。

後半、アメリカンロード・ムーヴィーのような様相を呈していたこと。
先入観から、もっとインドアで起きる出来事を綴った作品だと思っていた。
エドワード・ホッパーや、ヴィム・ベンダーズの映画にみられるような
ダイナーやモーテルのある風景が後半にえんえん続く。この設定は嫌いではない。

もうひとつは、ミステリー仕立ての構成だったこと。つまり、犯人が最後に明かされるように
複線があらかじめ貼られていたこと。後者の試みは少々荒削りで、
うまくいっていないように思えた。

新潮社版は訳注が多く、ネタバレ注意、とあった。
読了後に訳注パートに目を通してみると、ナボコフが作中にちりばめた
言葉遊び、プロットに気づくことができる。

日本語訳、ロリータが使うギャル語、臨場感があってよいと思った反面、
これでキャラクターがかなり限定されてしまい、後半ロリータが取った行動との
つながりが見出しにくくなる。
しばしの不在を経てふたたび登場する、もはや『少女』ではないロリータの
パーソナリティは質感が薄い。
これは、訳ではなくロリータの描かれ方に問題があるかもしれない。

最も違和感があったのは、
ロリータが何を考えているのかがさっぱりわからないし、
共感できない点。
少女が魔物、ということが言いたいのかもしれないけれど、
それは大人、特にこういう嗜好を抱えた成人男性が描く身勝手なファンタジーだ。
[PR]
by office_bluemoon | 2015-09-11 08:56 | こんなもの、読んだ(本・雑誌)

訳書が出ます。「アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか」 ラリー・ホルコム

f0205860_722484.jpg





訳した新刊が出ました。ノンフィクションです。

アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか: ルーズベルトからオバマまで秘密の歴史
ラリー・ホルコム著
(徳間書店/翻訳協力 株式会社リベル)


アメリカでは特に1970年代以降、
UFO目撃情報や、証言はポップカルチャーの一部だとまで言われました。

UFOは存在し、政府はその事実を隠匿している―。
ティーンエイジャーの頃に確信したこの仮説を追って、
著者はほぼ半世紀をUFO研究に費やしました。

ルーズベルトからオバマまで。陰謀がいっぱいです。
大統領とUFO、という今までにない切り口で読み解く
もうひとつのアメリカ近代史です。





***
[PR]
by office_bluemoon | 2015-09-09 07:25 | 訳書

quite a good job

f0205860_7134786.jpg





うちあげ、と称して友人と新富町、東銀座を抜けて築地に。
まだお天道様の高いうちからハイボールで乾杯。

無口な板前長がこちらに差し出した岩牡蠣の大きさに、
カウンター客の間にちいさなどよめきが。
『どうですか?甘いですか?』と両脇に座る見知らぬ人々が
気さくに話しかけてくる。

いろいろあったけれど開き直ったお酒は、ひたすらに明るく。
簡素で清潔な店。愛想はないけれど誠実な接客。渾身の料理。

端整な仕事と明るいお酒は人をオープンに、幸せにする。
[PR]
by office_bluemoon | 2015-09-04 07:17 | こころ、泡立つ(events)

『東京から日がへり一・二泊旅行鳥瞰図』

f0205860_15163783.jpg


文人気取りにはずみがついたこの夏。
締めくくりに、新橋停車場跡で開催されていた『温泉と文芸と鉄道』展へ。

尾崎紅葉『金色夜叉』、徳富蘆花『不如帰』ほか。
当時の大ベストセラーと、景勝地、観光地人気が連動していた様子が興味深く。

こじんまりとした会場の展示品の中で印象に残ったのは昭和7年発行の
『東京から日がへり一・二泊旅行鳥瞰図』 。
どうしても欲しくなり、後日古雑誌を探しだし、入手。
この年の出来事を調べてみると、満州国が建国し、チャールズ・チャップリンが初来日。
この頃ブラジル移民がピークに達したという勢いのある時代。私の母はまだ生まれていない。

北は那須塩原・草津、南は大島や東は銚子、西は美保の松原や諏訪あたりまで伸びる路線網。

祖父を思い出した。休日は家にいない人だった。
お休みの日になると『舶来』の背広を着て、いそいそと浅草だの、銀座だの、宇都宮だのに出かけて
ひとりで(つまり、おばあちゃんを家に残して)羽を伸ばし、
日曜日の夜になるとお土産のおいなりさんがコタツの上に載っていた。
何かにつけ記念写真を撮りたがるのだけれど、歯を見せて笑うことはめったになく
ハレの家族行事で8ミリに写るときにも直立不動の渋面で立っていた。

ハレの日を楽しみにしていたのは、昔も今も同じ。
昭和のはじめ、『乗り合い』と呼ばれた観光バスで、
一張羅を着て、目を輝かせて行楽に出かけたのだろうなぁ。
[PR]
by office_bluemoon | 2015-09-02 15:17 | こころ、泡立つ(events)