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『マジック・キッチン(魔幻厨房)』

中国・韓国映画を観ていて時折囚われる、
不思議な感覚。

そこに見いだせるのは、多くの場合、
未来ではなく、過去だ。
いつか観たことがある。
それでいて、
見慣れたものとは質を異にする、人やもの、空気。

俳優たちの顔や姿かたち、町並みは、
西欧人のそれよりも私たちにとても近しい。
それなのに、切り取られた風景、
人々の佇まいやしぐさから異国情緒が薫る。
かけ離れたエキゾチシズムではなく、
初めてだけれど、懐かしい何か。既視感。
そんな混乱、軽微なショックめいたものが愉しい。
そして、それは決して居心地の悪いものではない。

長らく観る機会のなかった中国(香港)映画、
『マジック・キッチン』を観てその感覚が蘇った。

サミー・チェン扮する女性シェフ、ヨウは
やはり料理人だった母親から、
プライベート・レストラン(私房菜館)と
秘蔵レシピを受け継ぐ。一見頼りないけれど、
ヨウを日夜励ます、アシスタントの
クーリー。さらにヨウの脇を固めるのが、
華やかな業界で働く恋多き女友達のメイとクワイ。

料理人として独り立ちしているものの、
いまひとつ自信と情熱がくすぶったままの
ヨウに、日本の料理人対決番組出演の声がかかる。
打合せのための出張先東京で、
元カレのチュアンヨウ(アンディ・ラウ)に
五年ぶりに出会う。
喜びもつかのま、彼は親友の美女メイとつきあい始めた。

千載一遇のチャンスを前に、滑稽なほど
おろおろするヨウを見守る、クーリー、
肉食系で奔放なメイとクワイ。
料理のシーンを散りばめつつ、繰り広げられる
「恋の空騒ぎ」的スラップスティックからは
何ら新奇な主題は見出せない。
手堅い、間違いない、あるいは陳腐といってもかまわない。

それでも、この映画の魅力は損なわれない。
香港と東京という都会でも、
冒頭に書いた既視感はそのまま
低重奏音のように響く。
活気のある街角。聳え立つ高層ビル。夜景。
俳優たちの、親しみある東洋の風貌と、
西欧風の所作の(日本人から見ると)特異なミスマッチ感。
その懐かしいけれど新奇な刺激が次々と押し寄せる
テンポの良さが、ストーリー展開の多少の粗さを
埋めてくれている。

見慣れた新宿や新橋の町並み、
ラーメンの屋台やローカル線の小さな駅も
生活感のないキッチュな舞台セットに
変わってしまうのも痛快。
東京に慣れ、その中で疲弊しきっている視点では
このファンタジー感は描けない。

女優陣の個性が出た洒脱なファッションも
ファンタジーにとびきりの極彩色を添える。
着こなしだけではない。
アメリカ、よりもヨーロッパ映画の女優を思わせる
表情や所作の陰影にも魅せられた。
親しみある東洋の顔立ちのどこから、
この依存なき健やかなる色気は生まれるのだろう、と。

見慣れた風景を万華鏡越しに眺めたような
愉快な眩暈。思えば、この万華鏡的ファンタジー、ともいえる
カオスが華やかなりし頃の香港の、東京の魅力だった。

人はなぜ映画を観るのか。
その問いへの答えのひとつは
間違いなく、今生きている場所とは違う世界を観たいから。
若人は未来を、そうでないものは過去を
覗き込みたくて、映画にすがる。
そう。私はこの映画に、既視感を探した。
元気だった頃の東京、人々の面影を探す
ノスタルジア、というところが、少々うら寂しい。
仇花のようだった東京が遠い昔に感じられる私は、
もはや若者ではないのは確かだ。

自分を含めて人々にも、都市にも、この軽妙な
ヴィヴィッドさが戻るのか。
新世紀明けて間もない香港。
仲間の誰かがいつも
ほかの誰かに胸焦がしている年頃。
「夢の相手」を飽かず追い求める
若者たちに、その答えを探そうとするのも悪くない。







(2010-C8-0327)





























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by office_bluemoon | 2010-03-30 00:09 | Life is Cinema (映画)