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80年前のアラビアンナイト


ちょっと良いことがあった。
浮かれて帰路、「ご褒美」と称して駅までの近道を大迂回し、
汗を拭きながら古書店から静謐なバーにつながるルートを選んだ。

調子に乗って、古書店で5冊購入。
この日の白眉は、昭和三年発行の、「英文世界名著全集 第廿四巻 アラビアンナイト」。


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ご覧のとおり、コンディションは良いとはいえない。
だけど、装丁と意匠が気になって、
数ヶ月前から書架の前を何度となくうろうろしていた。




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デザインと同じくらい感心してしまったのが、見開きで英和対訳になった、
各ページにある脚注。それが、限られたスペースの中でまことに的を射て簡潔。
「なるほど、こう処理するのか」と、下線をひきたくなるほど。
現に、前の持ち主は
そうやって勉強していた形跡が残っている。80年前の本、ということで
「今よりきっと遅れている」と優越感めいたものを持ったことを恥じる。
旧かな遣い、というところもゆかしい。日本語でありながら、暗号を紐解いていくような
まどろっこしさの中に遅延の快楽がある。

80年前の人だってこれだけ勉強したんだから、今なぜもっとやれない、と
奮起するよすがとして手元に置いておきたくなった。





そのほかの収穫物。
いずれ買おうと思って仮想カートに入れっぱなしだった作品ばかり。

* “To Have and Have Not” Ernest Hemingway  
  「持つと持たぬと」。“The Sun Also Rises”(「日はまた昇る」) を探したけれど、なかった。
* “The Gift from the Sea” Anne Morrow Lindberg - 「海からの贈り物」。
  子供の頃から好きな本。英語では読んだことがなかった。この先も読み返す本だし、装丁も気に入って。
* “An Introduction to Zen Buddhism” Daisetsu Suzuki  鈴木大拙の「禅学入門」。
  100年前に英語で書かれた、というのがずっと気になっていた。前書きはなんと、カール・ユング。
* “Cae La Noche Tropical” Manuel Puig プイグの遺作「南国に日は落ちて」。これも以前から狙っ
  ていて、ワンコインだったのでジャケ買い。スペイン語だけど、字が大きいしゆっくりゆっくりなら、
  なんとか読めるかも。眠れない夜とかに。


その足で開店したてのバーに。これだけ買っても、5冊の古書の値段が、
カクテル2杯分とほぼ同じ。祝杯。なんだか、楽隠居みたいだ。

古い石造りの建物独特の天井の高さと凛とした空気が、宝探しと暑さでぼうっとした頭を
ゆっくりと醒ましてくれる。指先についた埃を順繰りに拭き取りながら、フリュートグラスの
クラッシュアイスからたちのぼる冷気のスモークを眺め、本のページをパラパラ繰るだけでも、
気持ちが満たされていく。まだ読んでもいないのに。おおかたの場合、ここで満足しきって、
読み終わらないのも、わかっている。

それでもやっぱり、本が好き。読者でもじゅうぶん、読む以前にこれだけ楽しい。
ならば、作る側の人になりたい。
本業(翻訳)、まだまだがんばれる、と静かに誓った。たぶん、ひとり誓う端正な時間が欲しくて、
いずまいを正したくて、今日はわざわざ迂回してここに来たんだ、と気づく。
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by office_bluemoon | 2010-07-06 08:59 | こんなもの、読んだ(本・雑誌)