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停電とバナナケーキとおにぎりと

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音信不通だった友人たちから続々とたよりが届く。

そんなふうに再会した中学校時代のクラスメートと、チャットメールをしていた。
「あ、じゃあこちらそろそろ停電だから、もう切るね」
「停電かぁ。**区はないんだ。申し訳ないな」
「だいじょうぶ。わたしたち、停電、慣れてるもんね」
「確かにそうだ。そんなことあったね」

そういえば、停電には慣れている。
子供の頃、少し不便な南の島にいた。
当時その国は長いこと同じ大統領の統治下にあった。
ずっと戒厳令、だった。

大統領は日々キャビアを食べていたらしかったが、
節電の原因は、インフラの不備か、
政策的節電のいずれかだったと思う。
スコールと負けないくらいの頻度と唐突さで、
昼夜問わずバチン、と停電になった。
停電と断水はセットだった。
数時間のこともあった。
数日続いたこともあった。

予告があり、事前に準備ができる停電は、
そういえば、生まれて初めてだ。

ほかにも、いろいろなことを思い出した。

日本だったらどこにでもあるようなお菓子屋なんて、ない。
あってもひとりでなんて行けない。
ふんだんにとれる現地の農産物を使って、
母がココナッツバナナケーキや
アイスクリームを作ってくれた。
日本にいるときの母はいつも忙しそうにしていて
二の次にされている気がしてならなかった。

だから、学校から家に帰ると母がいて
おやつも待っている生活、というのは
そのときが初めてでじんわりと嬉しかった。

さまざまな不便を覚悟して、の転勤だったため、
経済的理由から日本の3倍の価格をつけた
白米を賄いきれなかった。
パラパラの現地米ではなくて
銀シャリが手に入り、それをおにぎりしてもらった日は、
朝登校する足取りも軽くなるほど待ち遠しいご馳走だった。
ふだんはパラパラの現地米が恥ずかしくて、
お弁当箱を腕で隠して食べていた。

母がいないときに、
煮沸していないお水で調理して
お手伝いの人が作ってくれたお弁当を食べると、
ほぼ間違いなく、お腹をこわしていた
(200%彼女に悪気はない。価値観の違いだ)。

何かにあたって、
窓も満足に閉まらない、電気もちゃんとつかない
ワイルドな病院にひと晩だけ入院したときには、
治ったら、日本に帰ったら食べたいものを
大学ノート3ページにわたってぎっしりと書き連ねていた。

なぜだか天に急に命ぜられたように。
地震以来、私はバナナケーキを焼き続けている。
子供の頃食べた味を思い出しながら。
ごはんも、常に炊いてあるものを切らさないようにしている。

スーパーで入手できないものがあるときは、
近所の友人同士声を掛けて、自分の町にないもの、
相手の町で入手できなかったものを分け合っている。
たとえそれが、平時にみたら笑ってしまうようなささやかなものでも。

震源地から程遠い屋根のある場所でこんなことを書くのは
生ぬるくて、不謹慎かもしれないけれど。

よそさまにお分けできるものが今、自分にある。
声を掛け合う友がいる。
不便の中にもこんな小さなよろこびと
しあわせがある。

装飾品も化粧もすべてつるり、と取り去ったような
身軽で清々しい気持ちで日々こう思う。
by office_bluemoon | 2011-03-24 13:37 | 迷路に遊ぶ(おもふこと)