office bluemoon

a portrait

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ふらりと入った古道具屋で、サイケデリックな古着を胸に当てて
鏡の前に立ったときに、鴨居の上に飾られた
このポートレートと目があった。

今までこの人の特集記事は
つぶさに目を通してきたつもりだけれど、
このカットは見たことがなかった。
表情と腕の筋肉がいい、と思った。
どの作品を書いたあとだろう、と考えた。
しばらく黙って、見とれていた。

「いいでしょう?知らない人は、だんなさん?って聞くけれど、
だんなさんのはず、ないわよね。大好きなの。
あたし、ハルキストなの。
撮っていいわよ、写真」

店の女あるじは、きつめのパーマに
カラフルなメガネをかけたおばさんだった。
そこから、一番最初に読んだ作品は、とか、
翻訳事務所とか、井戸とか、いるかホテルとか、
マラソン、とか、
ファンにしかわからない符牒を出し合った。

マイ・ベストは、と問われて
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』、と私は答えた。
あの物語に出会わなかったら、
あの主人公に出会わなかったら、
平日のこんなへんな時間に、こんなところをふらふらと歩いている
今の私は存在しえなかったと思います、とはなはだ不十分な説明に、
おばさんはにっこりと微笑んだ。

サイケデリックな古着は、買うことにした。
630円。


ハルキがいてくれたから、本が出るたびに幸せだったし、
おばさんの息子も深い哀しみから立ち直れたの、とおばさんは言った。
だから、がんばるのよ、と、励まされた。
戸口でもう一度振り向いたときに
「会いたくなったら、また見にいらっしゃい」、と言われた。


来るべきときにたどりつく場所があり、
会うべき時に会うべき人がいて、
その集積の端っこに今がある、と思った。

誰にわかってもらわなくてもいい。
援護してもらわなくてもいい。
見かねた多くの人が
手を差し伸べてくれた。
その人たちがいなかったら、
私はたぶんぺしゃんこになったままだったと思う。

それでも自分が選んだことの結果はすべて、
よいことも、悪いことも、
時間がどんなにかかっても、
なんとか引き受けてきた。

夢見がちのままここまでたどりついて、
今、ここで生き延びていることじたいも
イリュージョンかもしれない。
それでも、このまま顔をあげて前に進むしかない。
選ばなかった道のことは、考えてはいけない。
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by office_bluemoon | 2012-12-20 20:42 | こころ、泡立つ(events)